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俺の日常は普通の男子高校生のそれと比べて何ら変わりない平凡なものだ。平凡な友達と平凡な会話をして平凡な学校生活を送る、それが平凡な僕の平凡な日常だ。僕は一生平凡な人生を送るものだとそう考えていた。彼女の秘密を知るまでは。
俺が初めて染谷千秋を意識したのは高一の始まったばかりの4月だった。初めて一人で夜のコンビニにいってワクワクしながら帰る途中、彼女に出会った。公園のベンチに一人座り、こちらに気づくと視線を向ける。そんな彼女が妙に魅力的で、その深い黒曜石のような色の瞳に吸い込まれた。「…三吉くんか。」と入学式から一ヶ月も経たない、ただのクラスメイトである俺の名前を小さくつぶやく彼女。本当に、夜の公園の電灯と、まだかろうじて咲いているような葉桜が染谷千秋を春の妖精のように見せていた。
その頃からはや9ヶ月、未だに染谷さんとの距離を縮められていない。いつも通り俺は窓側に座る染谷さんを密かに見つめることしかできない。心なしかいつも色白な染谷さんが今日は更に青白く見える気がするが、そんな違いが分かってしまったら自分がストーカーのように思えてしまうので気のせいだということにする。こちらの視線に気がついたのか染谷さんが振り返って不審そうな顔をする。口を開いて何かを言おうとしていた染谷さんだったが、俺の幼馴染の凌哉に先を越されてまた窓の外を眺める。
「樹〜。いくらなんでも染谷さんのこと見過ぎじゃない?」
「うるさいなあ。なんでもいいだろ。それより次体育だから早く着替えいこうぜ。」
バスケ。俺の嫌いなスポーツランキング第二位のスポーツだ。だってボールが逃げる逃げる!活躍できるのだってバスケ部だけ!コートは小さいのに馬鹿みたいに走るし。体育館の壁にもたれて水分補給をする。無意識のうちにまた染谷さんに目が留まっていることに気がつく。ふらふらと不安定な足取りで水筒がおいてある此方側の壁に向かっている。次の瞬間染谷さんがふと体制を崩す。
「あっぶねえ。染谷さん大丈夫?」 咄嗟に体が動いて、ギリギリで染谷さんを受け止める。青白い顔は気の所為ではなかったのか。
「おい三吉!染谷!大丈夫か?」体育の教師が呼びかけてくる。
「せんせい〜。樹が染谷さんを保健室まで運んでいくって〜。」凌哉いらんこと言うな。
「おお。わかった。」先生もいらんことすな。
長い黒髪を一つにまとめている染谷さんはいつにもましてかわいい。運び上げた手から自分の思いが伝わってしまうのではないかと心配になるほど近い。だから嫌だったのに、凌哉のやつ。
保健室の先生は用事があるといい、染谷さんをベッドに寝かせると早々に出ていってしまった。
「二、三十分で返ってくるけど染谷さん一人にするの嫌だから三吉ついててやって。うん、じゃ。寝てるからって変なことすんなよ〜」
「しません!!!」
全く、男子高校生をなんだと思ってるのか。しかしバスケの授業が潰れるのは俺としてはとても嬉しい。染谷さんの隣に椅子を引っ張っていき、本を開く。
「…。三吉くん.」細い声で染谷さんがつぶやく。
「あ、染谷さん起きたの。大丈夫?朝から顔色悪そうだったし。」
「ねえ…。こっちきて。」
「え、うん。」椅子から立ち上がり、染谷さんの足元に腰掛ける。
染谷さんがゆっくり起き上がり、隣に移動してくる。少し息の荒い染谷さんはするりと髪をまとめていた髪ゴムを外す。困惑して固まっていると染谷さんは俺の方に軽く手を乗せる。
「どうしたの染谷さん……」
するといきなり染谷さんは俺に抱きついた、と思うのもつかの間、鋭いものが首筋に食い込むのを感じた。
「痛ッ…染谷さんほんとにどうしたの」
染谷さんが俺から離れる。本人も意図していなかったのか、驚いた顔をしている。首筋に触れるとベッタリと自分の血がついてることがわかる。血を…吸われたのか?
「染谷さんこれって…」
「ごめん!ほんとうにごめんなさい。ちょっと血が足りなくて、抑えが効かなくなっちゃって…。」
「まあ、いいけど…。」
痛かったのは痛かったが、なんというのか心地よささえあった。それにあんなに好きな人に密着されては怒れないものだ。
「ちょっとびっくりはしたけど…。えっと、吸血鬼…ってことだよね。」
「そうだね、そういうことになるかもね。」
これは驚いた。アニメや漫画ならまだしも現実に吸血鬼がいるとは。それもまさか自分の好きな人が。
「人間不信になりそうだ。」
「ねえ、誰にも言わないで。お願い。」
お願いという言葉がエコーする。かわいい。上目遣いは反則でしょ。そもそも断る理由なんてないんだが。
「秘密にする。」