テラーノベル
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「そんなんで喜ばせてるんじゃ、相当ヤバいよね、俺。まあ、実感してるけど、ここんとこいつも」
天を仰ぐように、夜空を見て、坪井は大きく息を吐いた。
白く、広がる、その様子を眺めていたら自然と言葉が溢れ出す。
「……信じるね。坪井くんの中に、ちゃんと私がいるって。咲山さんや、他の人じゃなくて私なんだって」
(信じる、かぁ……)
それは一体、何を軸にして、なんだろう。
目の前の、この、映る景色と聞こえてくる言葉を?
わからなくて、言ったそばから違和感を感じながらも、それでも。
この瞬間は、隣を歩く彼の笑顔がみたいと思ったのだ。
すると、ピタリと歩みが止まる。もちろん真衣香も引っ張られるようにして止まってしまう。
「坪井くん?」と名を呼ぶと、繋がれていた手を痛いほどに引かれ、弾みで、トスン、と音を立て坪井の胸に顔をぶつけた。
そのまま、近くにあったビルの壁に軽く身体を押しつけられ覆い被さるようにして抱き締められた。
「ちょ、ちょっと、どうしたの? 痛い……ってか苦しいよ」
大通りから、隠れるよう脇道に外れたのだが、それでも人目が気になった。
「なぁ、立花。今日、帰らないでよ」
「え?」
けれど、その人目も、すぐに気にする余裕がなくなる。
あまりにも力強く、真衣香の手首を掴み、抱き締めてくるから。
そして。
すぐ目の前に、坪井の顔が迫って、吐息を唇に感じた瞬間――
「ん、んん……っ!?」
噛みつかれたかのような、深いキス。
くちゅ、っと唾液が絡む音が聞こえたと思えば、閉ざされたままの真衣香の口内への入り口を、暖かな舌が刺激する。
「ん、や、やだ、外……」
羞恥から咄嗟に拒否してしまうと、名残惜しそうに真衣香の唇を舐めて、坪井の顔は離れた。
『今日帰らないでよ』が何を意味するのか、わからないまま、乱れた呼吸を整えるように深呼吸して、苦しそうに目を閉じた坪井を見る。
やがて、真衣香を抱き締める力を緩めた坪井は静かに言った。
「一緒に帰ろ、俺の家」
「……坪井くんの、家?」
「うん、嫌? 泊まるの」
”泊まる”の単語を聞き取った真衣香は、ようやく彼の言葉の意味を理解した。
(お泊まりの!? そ、そーゆう。お誘い!?)
唐突なキスも相まって、バクバクと、いいや、それどころか破裂してしまうのではないか? そう思えるほどに心臓が高鳴っている。
「い、嫌なんかじゃ、ないよ……」
声が震えてしまって、恥ずかしい。
絶え絶えに小さく、そう答えるのがやっとな真衣香を見て、坪井は吐息まじりに笑う。
そして優しく、今度は前髪の上から真衣香の額にキスをした。
唇が離れていく瞬間、その肩越し、キラキラと星が見える。
夜って、こんなに輝きながら始まるものなのか。
そんなふうに思って、目を閉じた。
「だって、坪井くんのこと好きだから」
真衣香の『好き』に、返ってきた言葉は。
「……うん、ありがと」
『好き』ではなくて、『ありがとう』だった。
少しだけ、何かが、心のどこかでざわついた。
――そう、真衣香は、目の前の景色を信じようと、思ったから。
光に安心して目を閉じた、そのすぐ後に雲がかかり、輝きを奪うこと。
その可能性をまだ知らない。