電車から降りて、手を繋ぎ歩いた。
坪井は何やら楽しそうに話しかけてくれていたけれど、それどころでない真衣香は、どんな会話をしたのか。
話したすぐ後から、残念ながら記憶に残っていなかった。
やがてたどり着いたのは、五階建ての比較的新しく綺麗なマンションで、エントランス前に植えられた木々は常緑樹なのか緑が多い茂り、それが淡いオレンジ色のライトに照らされオシャレな印象だった。
坪井がオートロックのボタンを押し、解除してエントランス内へ入る。
自分以外の、誰かの家なんて。
親戚か優里くらいしか知らない真衣香は、どのように振る舞えばいいのか。
わからないまま俯いて歩いた。
「こっち」と手を引かれ、素直にエレベーターに乗る。三階で止まり、降りてすぐ横、その部屋の鍵をガチャっと音を立て、坪井が開けた。
優しく背中に触れながら、坪井は真衣香を部屋に招き入れる。
腰の辺りまである黒のシューズクロークの上に鍵を置いて「あがって」と後頭部にキスをしながら囁かれた。
(つ、坪井くんの、家……)
黒っぽい家具で揃えられた部屋を見渡す。
見えてしまったものから瞬時に目を逸らして、けれど思わず息を呑み、怯んだ。
「おーい、立花」
「え!?」
考え込んでいたところを、引き戻されて、大きな声を上げると困ったように眉を下げ坪井が言った。
「そんな緊張しないでよ。 お前が乗り気じゃないなら俺何もしないよ、一緒にいたかっただけだから。な?」
「う、うん……」
ぎこちなく返事をすると、坪井はコートを脱ぎながら「お前のも貸して」と、こちらへ手を伸ばす。
急いで脱いで「ありがとう」と手渡すと、ハンガーに掛けてくれて。
「座っててよ」
そう言って真衣香の肩をトン、と押さえ二人掛けサイズのソファに座らせた後、帰りに寄ったコンビニの袋の中身をガサガサと取り出してゆく。
「さっき買ってきたの、飲む?」
「う、うん!」
頷き、答えた真衣香のすぐ隣に座った坪井が、ソファー前にあるローテーブルに瓶や缶などのアルコール類や、お菓子を並べる。
「ありがとう、でも太っちゃうかなぁ。今日甘いの飲んでばっかり」
「そ? もうちょい太っちゃえば? お前細いんだもん」
ニヤッと笑って、腰に腕が巻きついてくる。
(ち、近い……!)
二人きりの空間で、こうも近いと心臓の音がバレてしまいそうだ。
……不安な、心までも。
身体を密着させたまま、缶の蓋を開け、ビールに口をつける坪井。
それに続いて、真衣香も、桃のイラストが描かれたサワーの缶を開けて口に含んだ。
もう一口、また、一口。 飲むたびに緊張だったり、帰りがけからずっと続く胸のざわめきが消えてゆくよう。
やがて。
ふう、と息を吐き、飲み口から唇を離すと……それを待っていたかのように。
後頭部をふんわりと掴まれ、ちゅっ、と短い音を立てて軽いキスをされた。
いつの間にか、至近距離に坪井の顔がある。
その整った顔を、酔いの効果もあってか、目を逸らすことなく見つめ返す。
次に触れ合った唇は、すぐに湿り気を帯びて、深く、長く、何度も角度を変え繰り返された。
次第に、呼吸が荒くなっていくのを感じるけれど、どうしたことか恥ずかしさよりも勝るものがあった。
「……な、止めてくれないの?」
多分、それは、また湧き上がってきた不安な心で。