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――恐山・山頂部――
辺りが既に陽が落ち掛けた、恐山の険しい山道。
其処は妖の力に依るものなのか、空気さえもが張り付く様に肌に染み着いてくる。常人なら常に付きまとうこの感覚に、悪寒が止まらぬ事だろう。
「そろそろか……」
頂上へ向かって歩む一人が呟く。当主直属部隊筆頭ルヅキ、その人である。
その背後を従者の如く着いて来る、大柄な二人の人物。二人共、全身を布地で覆われており、その姿や表情を伺い知る事は出来ない。
その三人が頂上へ到達する頃には既に完全に日没し、辺りは闇に包まれていた。
***
「確か……この辺りだな」
ルヅキは左手首に装着したサーモの液晶画面を見て呟く。
最も妖力が集中している、その場所へ。
サーモが表示している所には、天然の岩の窪みがある。
「此処か?」
ルヅキはその場所まで歩み、その窪みに光界玉を埋め込む。まるで定められているかの様に、光界玉はその窪みに寸分の狂いも無く納まった。
そしてその光を中和するかの様に、光界玉は妖しく光り輝き出した。
ルヅキは再度サーモを確認する。
その液晶画面には、中和完了までの推定終了時間が表示されていた。
「あと……一時間」
*****
それから三十分経過後。山頂に異変が起こる。
「来たか……」
“――もう少し掛かると思っていたが……まあいい。あと三十分少々、どうとでもなる”
ルヅキは前方の暗闇から現す姿に目を見張った。
暗闇から現る、四人の人物。
一足遅かったユキ達の、山頂への到達である。
*
「あの人、光界玉を奪っていった……」
アミはルヅキの姿を見て、怪訝そうな表情で呟く。それは絶対に許せないという気持ち。
「……此処で全てのケリを着けます」
ユキはそんな彼女の気持ちを、汲み取るかの様に呟いた。
「そうだな。お主はあの大将を殺れ。某はーー」
ジュウベエは刀を抜き放ち、ルヅキを指しながらユキへと伝える。
「あの二人を相手する」
ジュウベエが刀を向けた相手。それはルヅキの両隣りに立ちはだかる、全身布地を纏う二人の人物だった。
「無理はしない方が良いのでは?」
ユキはそうジュウベエに呟きながら、ルヅキの両隣りの二人を見据える。
“――あの二人……直属では無さそうだが、軍団長か? 今までの軍団長とは雰囲気が違う。これまでの軍団長クラスなら、ジュウベエもひけは取らないでしょうが、果たして……”
「お主は相変わらず可愛げないな。柳生新陰流の太刀筋、再び魅せてくれようぞ」
ジュウベエは自信有りげに勇み構えるが、ユキの危惧は晴れる事は無かった。
「柳生新陰流か……」
そう呟くルヅキは、ジュウベエにサーモを向けて測定を開始する。
サーモの液晶画面には、瞬時にジュウベエの侍レベルが数値化されていた。
“――柳生ジュウベエ。侍レベル……『97%』か。地上にも特異点を除き、まだこれ程の奴がいたとはな……”
「ウキョウ、サキョウ」
ルヅキは両隣りの二人に指示を下す。
「食い止めろ。いや、皆殺しにして構わん」
彼女のその一言と同時に、それまで微動だにせず立ち竦んでいた二人が動き始める。
「確かに軍団長クラスに勝るとも劣らないが、この二人は軍団長の中でも特別な存在。何故に一番と二番を与えられているのか、それを思い知るがいい」
ルヅキには絶対的な確信が有った。
“狂座第一軍団長ウキョウ”
“狂座第二軍団長サキョウ”
この二人の前では例え相手が特異点で在っても、決して引けを取らないであろう事を。
ウキョウとサキョウが、ルヅキに応えるかの様に得物を取り出す。
ウキョウは両手に日本刀を携える二刀流。サキョウは刀身が人の背丈程も有る、一振りの長刀。
各々が得物を構え、布地に覆われて伺い知る事は出来ないが、ユキ達を敵として見据え、臨戦態勢に入った。
「行け!」
ルヅキの号令を皮切りに、ウキョウとサキョウの二人が一斉に襲い掛かる。
「いざ!」
これを迎え撃つジュウベエ。
柳生新陰流の、一切無駄の無い洗練された太刀筋。並の者なら瞬く間に斬られている事だろう。
そう、並の者なら。
「何っ!?」
ユキはその動きに、思わず驚愕の声を上げた。
先陣を切って襲い掛かかってきたウキョウ。ジュウベエはこれを、交叉法(カウンター)の横薙ぎで迎え撃っていた。
だが捉えた筈のその刃は、ウキョウの残像だけを残して空を切っただけだったから。
「速い!!」
その大柄な図体に似つかわない程の俊敏さに、ユキは舌を巻く。
宙を舞うウキョウの合間から、続いてサキョウがその長刀をジュウベエへと降り下ろす。
「ぐっ!」
ジュウベエはこれを、すぐさま刀を両手に持ち変えて受け止めた。
重々しい金属音が鳴り響く。
「ぐっ……おあぁぁぁ!!」
だが、その凄まじい迄の斬撃の圧力を吸収出来ず、ジュウベエは後方まで弾き飛ばされる様に吹き飛ばされた。
「ジュウベエが力負けするとは……」
その圧倒的な迄の力量差。ユキはその状況に戸惑いを隠せない。
“――この二人、これまでの軍団長とは格が違う”
「まずい!」
ユキが危機を叫ぶ頃には、既に二人が膝を着いて動けないジュウベエへ追撃していた。
「まずは一人。たかだか常人如きに、この二人が止められる訳がなかろう」
傍観するルヅキが自信に満ちた表情で、その冷酷な声を呟かせていた。
「つっーー強い!」
“――この二人、桁が違う!! まるで……”
迫り来るウキョウとサキョウを前に、ジュウベエは風前の灯火の中、ある既視感を覚える。
それは、ほんの刹那の思考ーー
全国を放浪中だったジュウベエは、己に挑んで来る武芸者、その全ての果たし合いに勝利してきた。
だが半年前。自分より一回りも二回りも、幼い少年と対峙する事となった。
結果は惨敗。しかも刃では無く、峰の部分で肋骨を折られ、生かされたという屈辱。
噂でしか聞いた事が無い、人知を超えし者ーー特異点。白銀髪の、幼くとも美しい迄の存在感。
“四死刀”ユキヤと同じ名と剣を持つ少年。その力を目の当たりにした瞬間だった。
決して越えられぬレベル差。
今まさにジュウベエは、迫り来るその二人がそれらに通じるものが有る事を、本能的に感じ取っていた。
***
“――人には越えられぬ壁……か”
「無念……」
死を覚悟し、そう呟くジュウベエ。
“ーーっ!?”
ジュウベエの耳に激しい金属音が鳴り響く。
「……何故?」
自分に刃が届くと思っていた刹那の事。ジュウベエの眼前には、ウキョウとサキョウの降り下ろした刃を刀と鞘で受け止める、ユキの姿が其処に在った。
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