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ただ、そんな僕に今日の任務を告げに来たのは、ネクトだった。
「そんな事をいきなり言われても困るっていうか」
ネクトは、言葉を呑み込めていないのか、困惑の表情だった。
「だって、君はネクトでお兄さんがあの人でしょう?」
彼は確かにそう言った。だから、僕の中でネイと呼ばれる彼に違和感を覚えていた。
「それはそうだけど…」
しばらく沈黙があった。ネクトは、唇を噛み締めながら目を伏せていた。悔しいのか諦めなのか。彼の中で考えが巡っていることは分かった。
「なんでっ、兄貴が先に話してるんだよ」
怒りにも似た声色だった。その動揺は、僕を傷つけようとしたものではないように思えた。
彼はそれから、口を何度も開いては閉ざしていた。葛藤しているようだった。その中で、告げられた言葉は新しい一言だった。
「宝探しをするのは、俺一人なんだ」
「え?」
彼は、僕に目を合わさずに言った。絞り出したように見えた言葉のはずなのに、僕の質問とは全く関係なかった。
彼が見せた怒りは、なんだったのか。やはり、お兄さんに怒っただけの僕の勘違いか。
「答えになっていないけど?」
「俺の目的は、俺だけのものだから。誰とも共有出来ないし、したらいけないんだよ」
僕の言葉を否定するように、彼は被せてきた。
僕は、ますます意味が分からなくなった。質問を改めようにも、帰ってくる答えが的外れのような気がする。
「それは目的の話だよね?なんで、名前を偽ったのか。理由は教えてくれないの?」
ネクトは、怒りなのか悔しいのか。息詰まっているようだった。素性を明かさない船の掟に従っているように、自分を抑えていた。
「全部だよ…。この船では、真実は海の中だけで十分だったんだ」
彼がそういった時、部屋の中に風が吹き抜けた。僕の背後を駆けた風が、ネクトの額をあらわにした。僕は、一瞬にして過去を遡ったようだった。
彼の額には、耳にまで横断した巨大な切り傷が見えたからだ。それは、お兄さんが話していたネクトを危険に晒した証拠のようだった。
ネクトは、僕の反応に気付くと傷を撫でながら力無く言った。
「俺は、嘘をつきたくなかっただけ。でも、兄貴もこの傷もその心を隠せっていうみたいでさ」
彼は、小さく笑った。
「な?意味わかんないだろ、この船は」
彼の笑顔は、何かを諦めているような。夢から覚めた虚無をまとっているようだった。
「何をしているかと思えば、談笑か」
ネクトの笑みを勘違いしたらしいフェレンさんが、部屋に入ってきた。
「さ、午後だよ。君は私との任務だろ?行くぞ」
フェレンさんが僕を指して、部屋を出て行く。
「行ってこいよ。ちゃんと任務、果たせよ」
ネクトはいつもの調子で言った。そのときの表情がどんなものか僕は見なかった。
僕は、ネクトを残して部屋を出ていった。
「いつも通り、潜伏を開始してくれ。君のタイミングで潜水を開始して」
僕は、フェレンさんの合図を受け、海へ身を投じた。一瞬にして、世界が紺色に染まる。遙か上に、海面が揺らいでいる。僕の今いる場所だと、あそこへ行くまでに何十分、いや、何時間かかるだろうか。
とにかく、海面の光が少なくなってきたら上がればいいんだ。かつての任務内容を思い出し、僕は任務を開始した。