テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「さーて、今夜は月に一度のお楽しみ、『マシュマロ読み』のコーナーだ!」
帯広のボロアパート、四畳半。
俺は三万円のゲーミングチェアでふんぞり返りながら、高性能マイクに向かって声を張り上げた。
画面の中では、俺の超絶イケメンアバター(ルシフェル)と、新人アシスタントである白猫美少女アバター(結愛)が並んで座っている。
『マシュマロ』とは、リスナーから匿名で送られてくる質問やメッセージを受信するサービスのことだ。
普段の俺なら、適当に無難な質問を拾い上げて、「あー、それはだな」と茶を濁しながら雑談のネタにして消費するだけの、息抜きのような企画である。
だが、今日は違う。俺には結愛という強力な(そして得体が知れない)アシスタントがついているのだ。
「結愛、準備はいいか? お前が事前にピックアップしてくれたマシュマロを、画面に出してくれ」
『承知いたしました、ルシフェル様。では、一件目のメッセージを表示いたします』
結愛の、異常に落ち着き払った冷徹な声と共に、配信画面の中央に一枚の可愛らしいマシュマロのイラストが映し出された。
そこには、こう書かれていた。
【おっさんのくせにイケメンのガワ被って、若い女の子にチヤホヤされて恥ずかしくないの? 税金税金うるさいけど、どうせ裏では高級車とか買ってタワマンで豪遊してるんだろ。ただの集金マシーンじゃん。さっさと引退しろ】
「…………」
『wwwwwwwww』
『初手からド直球のアンチコメで草』
『火の玉ストレート』
『タワマン(築三十年の木造アパート)』
『豪遊(限界みそラーメン)』
『高級車(三万のゲーミングチェア)』
「お、おい結愛!! なんでよりによって、初手からこんな悪意100%のアンチメッセージを選ぶんだよ!」
俺が慌てて抗議すると、画面の中の白猫アバターは、ピコッと耳を揺らした。
『申し訳ございません。当チャンネルに寄せられたご意見は、賛否を問わず真摯に受け止めるべきだと判断いたしました。また、エンゲージメントの観点からも、議論を呼ぶ過激なメッセージは配信の盛り上がりに寄与すると分析しております』
「理屈は合ってるけど! おっさんのメンタルにはキツいんだよ! しかも事実誤認が甚だしいだろ!」
俺はため息をつき、反論のためにマイクに口を近づけた。
おっさんがイケメンのガワ被って何が悪い。高級車なんて買えるわけねえだろ、来年の税金一千万だぞ、と。
だが、俺が口を開くより早く、結愛がスッと前に出た(ように見えた)。
『――ルシフェル様、ここは私にお任せください。アシスタントとして、当チャンネルへの貴重なご意見にご回答させていただきます』
「えっ? お前が?」
『はい。……ゴホン』
結愛は一つ小さな咳払いをした。
そして。
彼女の口から紡ぎ出されたのは、俺の背筋を凍らせるほどの、完璧で、隙のない、恐ろしいまでの【コールセンター話法】だった。
『――この度は、ルシフェルおよび当チャンネルの配信スタイルに関しまして、ご不快な念をおかけし、誠に申し訳ございません』
「ッ……!?」
『お客様の仰る通り、四十歳という年齢でありながら、若年の美青年アバターを使用している点につきまして、ご期待に沿えず、違和感や嫌悪感を抱かせてしまいましたこと、深くお詫び申し上げます』
『wwwwwwww』
『めちゃくちゃ丁寧な煽りwwww』
『「お客様の仰る通り」で事実を肯定していくスタイルww』
『和尚のダメージが一番デカくて草』
「お、おい結愛! お前それアンチへの対応のふりして、俺の悪口言ってないか!?」
俺のツッコミを完全に無視し、結愛の冷徹な防衛戦(鎮圧)は続く。
『しかしながら、VTuberというエンターテインメントの性質上、アバターと演者の実態が乖離することは、業界における一般的な仕様となっております』
結愛の声のトーンは、一ミリのブレもない。
『また、収益の使途に関しましては、税務署への適正な申告に基づき、事業の継続および品質向上のための設備投資、ならびに納税資金として厳格に管理されており、お客様がご懸念されるような「豪遊」や「タワマン居住」の事実は一切ございません』
「…………」
『いただきましたご意見は、今後の運営の参考として、真摯に受け止めさせていただきます。この度は、貴重なお時間を割いてのご指摘、誠にありがとうございました。……なお、本件に関するこれ以上のご質問につきましては、個別での回答は差し控えさせていただきます。何卒ご理解賜りますよう、お願い申し上げます』
完璧だった。
相手の怒り(悪意)を「クッション言葉」で受け止め、事実確認を冷静に行い、最後は「これ以上は対応しない」という毅然とした態度でシャットアウトする。
それは、クレーム対応における究極の防衛術。
だが、その流れるような結愛の対応を間近で聞いていた俺の額には、脂汗がびっしりと浮かんでいた。
(……胃が、痛てぇ……っ)
俺は、三万円のゲーミングチェアの上で、無意識に腹を押さえていた。
フラッシュバック。
かつて、東京のブラック企業で、派遣社員としてヘッドセットをつけ、一日中クレーマーの怒鳴り声に耐えていた、あの暗黒の時代。
四畳半の安アパートから満員電車に揺られ、息の詰まるようなオフィスビルに出勤する。
『上の者を出せ!』『お前の態度が気に入らない!』『誠意を見せろ!』
受話器の向こうから浴びせられる言葉の暴力を、ひたすら「大変申し訳ございません」と頭を下げて(電話口で)受け流し、心を無にしてマニュアル通りの言葉を紡ぎ続ける日々。
クレームが長引けば休憩時間は削られ、トイレの個室で吐き気をこらえながら、胃薬を水なしで飲み込む。
結愛の完璧なクレーム対応のトーンは、その時の俺の『上司(管理者)』が、厄介なクレーマーの電話を代わって対応(エスカレーション)してくれた時の声と、そして何より、感情を押し殺して働き続けた『かつての自分自身』が聞いていた周囲の音声と完全に一致していたのだ。
「うぅぅ……。結愛、もうやめてくれ……。そのトーンで喋られると、俺の胃酸が過多になって、昔のトラウマが……っ」
俺が青ざめた顔で懇願するも、リスナーの反応は俺の予想をはるかに超えていた。
『うおおおおおおお!!』
『結愛様!!!』
『完璧な論破!!!』
『冷たい声で詰められたい!!!』
『プロの対応すぎてアンチも泣いて逃げるレベルww』
アンチを撃退するどころか、結愛のその「容赦のないビジネス敬語」が、数万人のリスナーの中に眠る何か(ドMの性癖)を激しく刺激してしまったのだ。
『スパチャ:10,000円(結愛さん! 私の理不尽なマシュマロも読んで論破してください!)』
『スパチャ:50,000円(俺を! 俺をクレーマーだと思って罵って!!)』
『スパチャ:10,000円(どうか私に冷たい定型文を浴びせてください!!)』
「やめろォォォォォッ!!」
俺の四畳半に、絶望の叫びが響き渡った。
「お前ら! なんで結愛が冷たくあしらう度にスパチャが飛ぶんだよ!!」
俺はカメラに向かって、血走った目で絶叫した。
「お前らが変な性癖をこじらせて一万円投げるたびに、来年の俺の消費税が跳ね上がるんだぞ!! 簡易課税でも五十パーセントは国に持っていかれるんだからな!!」
俺は痛む胃を押さえながら声を枯らす。
「しかも結愛のクレーム対応聞いてると、俺の昔の派遣時代のトラウマが抉られて寿命が縮むんだよォォ!!」
俺の悲鳴などお構いなしに、画面の右端には極彩色のスーパーチャットの雨が降り注ぐ。
『リスナーの皆様。スーパーチャットによるご入金、誠にありがとうございます。……次のお客様(マシュマロ)、ご案内いたします』
「次に行くな!! もう勘弁してくれ!! 鈴木さーーん!! 俺の胃を助けてくれぇぇぇ!!」
可愛い白猫のガワを被った、元コールセンターの冷徹な猛者。
彼女が完璧なビジネスマナーでアンチを鎮圧(論破)するたびに、チャット欄は熱狂し、俺の口座には望まぬ売上が積み上がっていく。
税金対策として雇ったはずのアシスタントは、俺の過去のトラウマを容赦なく抉りながら、インボイスという名の地獄への片道切符を、確実に発行し続けているのであった。
らむ
931
ゆうき あきや
1,642
#ドズル社
コメント
1件
ふああああ読んだ!! 第81話、マジで面白すぎたわww 結愛の「コールセンター話法」スキルエグすぎるだろ!! あの完璧なビジネス敬語でアンチを鎮圧するスタイル、まさに「言葉のバトル」の極致だよな。和尚のトラウマ抉られて胃痛発症してるのに、リスナーはドM性癖こじらせてスパチャ投げまくるし、カオスすぎて笑うww 普段はバトルとかスキル構成ばっか気にしてるけど、こういう心理描写の積み重ねとギャグのバランスが絶妙でガチ刺さりしたわ。インボイス地獄の行方も気になる…!!