コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
八月。 あの時間から、学とルリから言い渡される度重なる鍛錬の日々を乗り越え、早くも半年が過ぎた。
力の覚醒が起こる中で、自分が異世界の魔王の息子である事実を受け入れることは、未だ難しいが、この力を扱わなければならないことだけは、理解していた。
「あち〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
そんな俺と学は今、
「優さん……僕の飲み物切れちゃいました……」
イベントスタッフのバイトに来ている。
押収する人々、テントもなくジリジリと焦がす太陽、帽子一つで猛暑の中、椅子に腰を掛ける。
「学くん、俺は、強大な敵と戦って、ババアから家賃の請求をされない生活の為に努力したと思うのだが……」
「ちょっと、給水所行きませんか……?」
「なんで俺たちは今、こんなところにいるんだね……」
「現実逃避はやめてください。どっからともなく侵略者が来るわけでもありませんし、あんな話があったからって、急に四天王が現れるわけないじゃないですか。きっと無駄にはなりませんよ。まずはお金を稼ぎましょ……」
チャキ……
そんな無防備に、身体も脳も太陽に溶かされていくそんな中で、俺の首筋に刀が添えられた。
「え? え……? ハァ!? 何!?」
ふっと後ろを向くと、こんな暑苦しい中で、半袖ではあるが黒い羽織に、お堅い警備服を着た男が、俺を睨み付けながら刀を構えていた。
「な、なんだお前!! 急になんだよ!!」
そんな反応を示すと、男はスッと刀を仕舞う。
「なんだ、普通の人間か。悪いな、臭かったもんで」
「臭い……? こんな気温の中でこんな場所にいたら、誰だって汗臭いだろ……。つーか、なんなんだよ。ちゃんと謝れよ、お前!」
俺もかんかん照りな中で、突然刃物を向けられた怒りに任せ、衝動的に喧嘩腰に立ち上がる。
「悪かったっつってんだろ」
「だから……急に人様に刃物向けといて、そのぶっきら棒な態度が気に入らねぇって話だよ!」
そんな喧嘩を、頭が追いつかずにぼんやり眺めていた学は、その制服にハッと意識を取り戻し、俺の手を掴む。
「ま、待ってください、優さん……! この人……!」
「あ……? なんだよ……」
「この制服……UT刑務局の人たちですよ……!」
「UT刑務局……? 聞いたことないけど……」
「UT特殊部隊は、招集がかかれば何にでも対抗する部隊ではありますが、UT技術の開発において、『剣術が特に秀でた者たち』が配属される、『対人用の特殊警察機構』に属する人たちです……!」
「つまり……UT変異体の警察……ってことか……?」
ならば尚更、こんな人々が押収する中、白昼堂々とただのアルバイトの俺に、何の言葉も無しに剣を突き立てたこの男を、警察だとは認められなかった。
「臭えっつったのは、前に似たような臭いを発する悪党に会ったことがあったからだ。こんな職業柄、一瞬の隙が命取りになるもんでな。もし俺の勘が当たっていれば、辺りは血の海になっていたかも知れない。だから何も言わずに剣を向けたが……首筋に伸びるまで何も気付かなかった様子を見るに、俺の気のせいだったようだ」
理解はできるが、どこまでも気に障る言い方のこの男、この猛暑もあってか、苛立って仕方なかった。
だからこれは、頭が回らなくなっていたんだ。
「そんな強い警察ならお前、俺と勝負しろよ」
そう言って、俺は “あの刀” を取り出す。
「ほう……俺がUT刑務局の者と知って、それでも剣で立ち向かってくるか。だが、私闘は御法度だ。今なら公務執行妨害にしてやらないから、その刀を仕舞え」
ムカムカと、腹の煮えくりが収まらない。
俺は奴の言葉を受け流し、刀身をゆっくりと抜く。
「14時53分、公務執行妨害で……」
「キャー!!」
俺と奴の間でバチッと睨み合った途端、遠くから女性の叫び声がつんざく。
その声が聞こえた瞬間、UT刑務局の男は瞬時に切り替え、叫び声のする方へ向かった。
「学! 俺たちも行くぞ!」
「は、はい……!」
現場に到着すると、知能のない三メートル程の大きさの侵略者が人々の押収の中に現れていた。
辺りは騒然としているが、小型の侵略者な為、恐らく攻撃されたであろう人も、防護フィルターに守られ、怪我人は未だ出ていないようだった。
そんな中、駆け付けたはずのソイツは、何もせずにただただ侵略者を眺めていた。
「お、おい……! 早く倒さねぇと……」
しかし、ただ呆然と見遣りながら、冷静に答える。
「侵略者退治は俺たちの仕事じゃねぇ。UT特殊部隊が直ぐに駆け付けるはずだ」
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃねぇだろ!!」
「アレを見ろ。小型の侵略者だから、多少暴れられても怪我人が出る心配はない」
「だからって、ただ見てるだけなんて……」
そんな口論も最中、逃げ遅れたのであろう、逃げ惑う群衆のせいで作動してしまった防護フィルターで身動きが取れなくなってしまった少女が、今まさに、侵略者の手に掴まれそうとしていた。
「やべぇ……間に合わな……」
その時だった。
ソイツは、時を見計らっていたかのように、少女と侵略者の間に、滑り込むように入り込む。
「アイツ……! で、でも、あんな土壇場で入り込んだんじゃ、アイツが負傷しちまう……!」
そして、剣を抜こうとした時、学はようやく、息切れを見せながら辿り着いた。
「ハァハァ……思い出しました……」
「思い出した……? こんな時に何を……」
「あの……UT刑務局の人……。さっきは猛暑のせいで朦朧としてましたが、やっぱり間違いない……!」
次の瞬間、奴が掴まれそうになったその刹那、侵略者の腕は斬られ、宙に浮かんでいた。
「なっ……!」
「あの人は、UT刑務局の副局長、鮪美・B・斗真さん! 与えられた能力名は『死線』……。元々の剣術が並外れてて、唯一、『死線を感じた時のみ発動』する反射神経を持ち、死に直面した瞬間に反撃をする……。”死に最も近く、一番人を死に追いやった男”……。異名が”死神”……!」
「Bってことは……ロディと同じ……」
少女を無事に避難させると、侵略者を倒さずに、こちらへとゆっくり帰還する。
「俺たちの仕事は、『侵略者を倒すこと』じゃねぇ。『侵略者から人民を守ること』だ。侵略者を倒す為に交戦してる最中、疎かになって民間人を巻き添えにしちまったら、元も子もねぇんだよ」
「ハッ!! 死神の斗真さんねぇ。知ったこっちゃねぇなぁ! こちとら……」
俺は鮪美の横を抜き去り、刀を構える。
ゴゥッ!!
「魔王様なんだわ!!」
そして、蒼炎を宿した刀で、一太刀にして侵略者を真っ二つに斬った。
「お前、頭いいんだろうな。ごちゃごちゃ考えて動いてご苦労様だけどよ、それで、結局、侵略者を野放しにして、次の被害が出たら、それこそ元も子もねぇだろうが」
相反する二人。
睨み付ける俺に対し、その一太刀を見つめていた鮪美はニタリと笑みを浮かべる。
「へぇ……。言うだけのことはあるな。ウチの並みの隊士じゃお前には勝てないかも知れねぇ」
「あ……? 並みの隊士だ……?」
粗方の人民の避難を確認すると、鮪美は上空に煙弾を放ち、ボコボコと煙が立ち上る。
次の瞬間、鮪美と同じ制服を着た、UT刑務局の男たちが数名、瞬時に鮪美の元に駆け付けた。
「首尾は?」
「やはり、副長の見据えた通り、今回の侵略者には奴が絡んでいるかと……。他の場所で発生した侵略者たちも小型なものばかりで、UT特殊部隊が片付けました」
「そうか、なら、あそこか……」
そう言うと、鮪美は遠くに見える展望台を睨むと、そのまま車を手配し、向かってしまった。
「学……バイトは辞めだ」
「え、まさか……」
「俺たちも行くぞ……!!」
そうして、俺と学も展望台へと向かう。