ついに社交界デビューの日がやって来た。
ブランディーヌの邸宅で朝から支度し、ルイスから歯の浮くようなセリフを浴びて、ようやく王宮へと向かえた。
(なんだろう……始まる前から、どっと疲れが)
最礼装に身を包み、手には白い花束を持ち馬車に揺られる。
もう、教皇の件は終わったので心配は無いと言ったのだが……。『念には念を』と、テオはリーゼロッテの影の中で待機している。
(心強いから、まあいいか!)
リーゼロッテは花束を膝に置くと、改めてじっくり見た。
肝心の花を何にしようかと、結構悩んだのだ。
白が無難だが、多少色があっても問題ないと言われたので、森で摘んできた虹色の花をブーケにしようかとも考えた。
試しに作ったら、想像以上に可愛いかったのだが――。
虹色の花の存在を公にしてしまうと、それを狙う怪しい輩が森へやって来るかもしれない。そう考えて不安になった。
花の乱獲の心配よりも、あの森に魔物に殺された死体がゴロゴロあるのは、考えただけでゾッとする。普通の人間が、花が咲く場所まで辿り着けるわけないのだから。
ふと、あの花がヒュドラーの魔素を養分として咲いたのを思い出し、石英のように魔力を流したらどうなるか試してみた。
不思議なことに、花は虹色から真っ白になってしまったのだ。しかも、全く枯れない。
(うーん、なぜかしら?)
で、結局。
色も目立たなくなったし、花びらの形も可愛いので、それをそのまま使うことにした。
◇◇◇◇◇
リーゼロッテ達が王宮に到着すると、その後を追うかのように次々と他の馬車が到着した。
拝謁は、家柄により優先される場合がある。それ以外は、到着順になる。
エアハルト家も優先されているので、急いでやって来る必要は無かったのだが。1周目で、恐ろしい程の馬車渋滞に巻き込まれたので、早めに出発しておいた。
案内人に連れられ、順番に移動した先で、長官に名前を呼ばれた者から国王陛下に挨拶をする。
リーゼロッテも呼ばれ、足がつりそうなのを堪えて、深々と正式なお辞儀を披露した。
無事に終えると、国王の側に座っていたジェラールと目が合う。
(なるほどね。前回も、こうやって見られていたのか)
周囲に気づかれないよう、ジェラールは口角を上げた。
そして、リーゼロッテの顔をじっと見たかと思うと、動きがピタッと止まった――気がした。
(な、なに?)
何か失敗したのかと内心焦ったが、もう終わってしまったのだから仕方ない。この場で、王太子に声など掛けられないので、諦めて謁見の間を出る。
すると――!
突然、強い視線を感じた。
順番待ちをしている大勢の令嬢が並んでいる方から、明らかにリーゼロッテを見ている気配がした。
だが、あまりにも似た格好の令嬢が多く、終わった令嬢がどうだったかを窺うように見ているので、相手を特定できなかった。
『悪意は無さそうだぞ』
『そうみたい。もしかしたら、舞踏会で何か起こるかもしれないわね』
テオと念話しながらも優雅に歩く。
気のせいか、先程の視線の他にもチラチラ見られているような感じもした。
(何か、おかしい……)
首を傾げつつ、リーゼロッテは王宮を後にした。
◇◇◇◇◇
いよいよ、舞踏会が始まる。
お気に入りのドレスに着替え、輝くアクセサリーを身に着けると気が引き締まった。1周目の今日が、あの出来事のきっかけ――リーゼロッテにとっての始まりの日だったのだから。
ルイスにエスコートされ会場へ向かう。
名前を呼ばれると会場の扉が開かれた。
騒ついていた会場が、一気に静まりかえる。
元近衛騎士団副師団長で、美貌の辺境伯がエスコートして来た相手に注目が集まった。
リーゼロッテがルイスの実の娘でないことは、多くの貴族の間で知られていた。ルイスは元々、有名な騎士だったのだから当然のことだ。
ブランディーヌの関係で、社交界デビュー前の予行練習で出会った人達はリーゼロッテを見たことはあるが、この会場には殆ど居なかった。
状況的には前回と、さほど変わらない。
(1周目もお父様にエスコートされたけど……こんな感じじゃなかったわ)
不思議に思い、隣のルイスを見上げる。
「大丈夫、心配いらないよ」
とルイスは、甘く大人の色気溢れる微笑みをリーゼロッテに向けた。
そんなルイスを見た令嬢達はうっとりとし、ため息を漏らす。
(いや、そういう事ではなくて……)
入り口で立ち止まっていては次の令嬢の邪魔になるので、さっさと会場の奥へと入って行く。
確か1周目では、この辺りでルイスは誰かに呼ばれ、リーゼロッテから離れた。そして、跡をつけたのだ。
けれど今回は、ルイスはリーゼロッテにピタリとくっつき離れなかった。
その後、王族がそろって入場し、ダンスパーティーが始まった。
パートナーとのダンスは1度きり。2回以上踊るなら、相手は婚約者以上の関係でなければならない。
リーゼロッテ的には、別にダンスはどうでも良いのだが。早々に壁の花は、辺境伯令嬢として不味いのでは……と、ずっと隣に居て離れないルイスに視線を送る。
全く伝わらなかったのか、極上の笑みを返された。
(うーん……まあ、このままでいいのかな?)
すると、ジェラールがやって来てリーゼロッテにダンスを申し込んだ。
またしても、会場が静まり返った。
(あー、完全に注目の的じゃない? これ)
「行っておいで」
とルイスに優しく送り出され、ジェラールの手を取ってホールの真ん中へ移動する。
ジェラールにリードされ、軽やかに踊り始めた。
予想以上のダンスの上手さに驚く。
「その魔石は、ルイスからのプレゼント?」
ジェラールは、引き寄せたリーゼロッテの耳元で、そっと尋ねてきた。
「ええ、そうよ」と、ターンしながら答える。
「だろうな。その意味分かってる?」
「意味?」
「やはり知らないか。じゃあ、ルイスに教えてもらうといい」
フッと愉快そうに笑うジェラールは、会場にいる令嬢達の熱い視線を集めていた。
リーゼロッテは意味がさっぱり分からないまま、ダンスは終わっていた――。