テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
朝の教室。
窓の外から差し込む光が机の上に細く伸び、白いチョークの粉とほこりを淡く照らしている。群青才人は、今日も一人で自分の席に座っていた。背筋を伸ばし、机に肘をつきながら、窓の外をぼんやり見つめる。
「…俺、今日も一人か。」
小さくつぶやく。その声に、自分自身の耳が少し驚いたような気がした。
この十七年間、一度だって女友達ができたことがない。
幼稚園も、小学校も、中学校も、そして今の高校生活も――いつも男友達に囲まれてはいたが、女の子とまともに話すことはほとんどなかった。
そんな才人の前に、教室のドアが大きく開く音が響く。上野川雄二が、にやりと笑いながら入ってきた。
「おはよ、才人。今日も相変わらず一人か?」
才人はため息混じりに顔を上げる。「ああ…別に構わないけどな。」
雄二は席まで歩きながら、隣に腰を下ろす。
「いや、構わないとか言うけどさ、ちょっと寂しそうに見えるぞ。お前、女の子と話すチャンスくらい欲しいだろ?」
才人は腕を組み、少しムッとした顔で返す。「別に、欲しくもない。」
でも心の奥のどこかで、少しだけ、雄二の言葉が引っかかる。女の子と普通に話す……それがどんな感じなのか、想像すらできない。
雄二は肩をすくめ、笑いながら言う。「まあ、お前はツンデレだからな。いざってときは自分で何とかするだろ。」
才人は心の中で「うるせえな」と思いながらも、なぜかほんの少し顔が赤くなる。
教室のざわめきの中、才人の視線は再び窓の外に向いた。
今日も普通に、いつも通りの一日――でも、どこかで変わるきっかけがあればいいのに、そう思わずにはいられなかった。
放課後のゲーセン。
ネオンがちらちらと光り、音楽とゲーム機の電子音が絶え間なく響く。群青才人は、手に軽くカバンを抱えながら店内を歩く。人混みを避けるように、いつものお気に入りのクレーンゲームの列へ向かう。
「今日も…どれにするか。」
小さくつぶやき、指でガラスの中の景品をなぞる。しかし、目に入ったものはいつものぬいぐるみやお菓子ではなかった。
「ん…?」
才人の目が一点に止まる。
クレーンゲームの中に、女の子が小さく丸まって寝ていたのだ。水色の髪、萌え袖、白いニーソックス――154センチほどの小柄な体。まるで小さな小動物のように静かに眠っている。
「……え?」
才人は一歩前に出て、近づく。目をこすり、もう一度見る。しかし、そこにいるのは確かに“景品扱い”されている少女だった。
「…なんでこんなところに?」
小さな声でつぶやく。周りの客は気づかず、ゲームに夢中になっている。才人は考え込む。助けるべきなのか、それとも…自分で手を出していいのか。
思い切って、才人はクレーンの操作レバーを握る。
「……こうなったら、俺が…救うしかないか。」
機械の動きに合わせてアームがゆっくりと下降する。少女の小さな体が、ゆらりと持ち上がる。
少女は薄目を開け、くしゃくしゃと伸びをする。
「……ん、ここ、どこ…?」
才人は一瞬息をのむ。目の前の少女が、自分に話しかけてきたのだ。
「…えっと、その…お前、名前は?」
才人の声は少しだけ震えていた。少女はまだ眠そうに瞬きを繰り返す。
「水野川シセ…かな?」
小さな声。才人は心の中で、「…水野川シセ?」と繰り返す。
普通じゃない出会い。今日、この瞬間から、何かが変わる予感が才人の胸にふわりと広がった。
ゲーセンからの帰り道。才人はシセを背負うわけにもいかず、少し不自然に腕を添えて支えながら歩いていた。シセは小さな体を寄せるようにして、まだ少し眠そうにしている。
「……あのさ」
シセが小さな声でつぶやいた。才人は少し驚いて、そちらを見る。
「なに?」
「パンケーキ、食べたい」
才人は思わず立ち止まり、眉をひそめる。
「はぁ?なんでだよ、いきなり」
シセは目をぱちっと開け、真剣な表情で答える。
「ここ最近、何も食べてないから」
その言葉を聞いた才人は、少し黙り込む。状況が状況だけに、怒る気にもならず、ただため息をつく。
「……はぁ、しょうがねぇな」
才人は少し顔を背け、通りのネオンの光に目を細める。
「まあ、近くに喫茶店あるし、そこで食べさせるか」
シセは小さくほっとしたように微笑む。
「うん、ありがとう」
その微笑みに、才人の胸の奥が少し暖かくなる。普段はツンツンしている自分が、こういう瞬間には素直になってしまう。
歩きながら才人は心の中で思った。
「…なんだ、この子、面倒くさいのに可愛いな…」
二人の間に、ぎこちないけれど確かな距離感が生まれる。
今日、この出会いから、二人の日常は少しずつ動き出すのだった。
喫茶店の木目のテーブルに並べられたパンケーキ。ふわふわの生地に、たっぷりのバターとメープルシロップがかかっている。シセは小さな手でナイフとフォークを器用に持ち、目を輝かせながらパンケーキを頬張る。
「うん、美味しい……!」
シセは目を細めて微笑む。才人は横でその様子を見て、少し照れくさそうに箸を置いた。
すると突然、シセは才人の頭に手を置き、柔らかく撫で始めた。
「よしよし」
才人は思わず手を止め、目を見開く。
「え、な、なに……!??」
頭を撫でられるという行為自体、初めての経験だった。女友達が一人もいなかった彼にとって、これほど近い接触は完全に未知の世界だった。
シセは目を閉じ、にこにこと満足そうに笑う。
「よしよし、いい子ね」
才人は手で頭を触り返そうとするが、どうしていいかわからず固まる。
「ちょ、ちょっと……、な、なんで俺の頭なんか……」
心の中では、どう対応すればいいかが全くわからず、動揺が渦巻く。
シセはふわりと髪の毛を指でくしゃくしゃし、さらに満足げに微笑む。
「だって、かわいいから」
才人は心の中で「かわいいって…何それ…どういう意味だ…!」と絶叫しそうになる。
しかし、表情には出さず、ぎこちなく手を頭に置き直すしかできなかった。
周囲の客は気にも留めず、二人だけの奇妙で微笑ましい時間が流れる。
才人は心の中で思った。
「…女の子との接し方、全然わかんねぇ…けど、なんか…この子、面倒だけど可愛いな…」
こうして、初めての“日常の不思議な距離感”が、才人とシセの間に生まれるのだった。
翌朝、校内はまだ寝ぼけた空気が漂っていた。廊下には登校する生徒の足音だけが響き、教室のドアはゆっくりと開閉されている。群青才人は、いつもより少し早めに職員室へと足を運んだ。
机の上には書類の山。教師たちは忙しそうに書き物や会議の準備をしている。才人は迷わずカウンターまで歩き、深呼吸をひとつ。
手には一枚の紙――昨日、シセのために書いた入学手続きの書類が握られていた。
「……よし」
才人は紙を差し出しながら、心の中で少しニヤリと笑う。
「これで、シセもこの学校に入れるな」
職員室の中、教師は一瞬目を上げ、書類を確認する。
「君が本人……?」
才人は軽くうなずき、書類を置く。
「ええ、こちらで間違いありません」
紙を手渡すと、教師は書類を受け取り、手続きを始める。
才人は肩の力を少し抜き、ほっとしたように息をついた。心の中では、昨夜のパンケーキの出来事や、シセの無邪気な笑顔が浮かぶ。
「これで…あとは学園生活か」
才人は少し照れくさそうに呟く。
その時、校門の方から小さな声が聞こえた。
「才人~、今日もよろしくね!」
才人はくすりと笑い、紙を握り直す。
「……ああ、よろしくな」
こうして、シセの高校生活は才人のおかげでスタートすることになった。
そして、才人の日常もまた、少しずつ変わり始めるのだった。
昼休みの教室。窓から差し込む光で、机の上のノートや教科書が淡く照らされる。教室の中央では、男子生徒たちが小声でざわざわと話している。
その視線の先には、水野川シセ――新入生であり、まだクラスに馴染み始めたばかりの女の子が立っていた。
「……すげー、人気だな」
群青才人は小さく呟き、机に肘をついてその様子を眺める。
隣の上野川雄二が、にやりと笑いながら答えた。
「そりゃそうだろ。俺たちのクラス、こんなに可愛い女の子っていうか、女の子が一人もいなかったんだから」
才人は眉をひそめつつも、少し納得したように視線を戻す。男子たちが話しかける声、ちょっとしたざわめき。いつもの教室と比べると、少しだけ華やいだ空気が漂っていた。
そのとき――
小さな足音が才人の机の横で止まった。
「才人…」
振り向くと、シセが小さく微笑みながら、才人の肩にそっと寄りかかる。
「えっ…!?」
才人は思わず声を上げるが、シセは目を閉じ、すやすやと眠ってしまった。肩に伝わる体の温かさと、小さな呼吸のリズム。
周囲の男子たちは一瞬黙り、目を丸くする。
雄二が小さくつぶやく。
「……お前、完全に独占されてるな」
才人は思わず顔を赤らめ、肩をそっと支える。
「ちょ、ちょっと…シセ、起きろ……いや、起きるな、でも…」
心の中で葛藤するも、どうすればいいかわからず、ただぎこちなく肩を差し出したままにする。
シセの穏やかな寝顔を見て、才人は不思議な気持ちになった。
「……面倒くさいけど、なんか可愛いな…」
教室のざわめきの中、才人とシセの間だけが、ちょっとだけ静かで温かい時間に包まれていた。
昼休み、教室のドアがガチャッと大きく開いた。
「おい、才人!俺たちの味方だと思ったのに!」
男子生徒たちが大げさに腕を振り上げながら教室に入ってくる。
しかし、その表情は怒りというより、どこかふざけているような…少しおどけた感じ。
「リア充ゆるさん!リア充ゆるさん!」
大声で叫びながら、彼らは才人の周りをぐるぐる回る。
才人は肩で寝ているシセを抱えつつ、困惑して眉をひそめる。
「ちょ、ちょっと待て!何すんだよ!??」
男子たちは突然、拳を振るうふりをしたり、才人の腕に手をのせて軽く押したり――本気の攻撃ではなく、コミカルに「襲ってくる」ジェスチャーをしているだけだ。
その様子を見たシセも、寝ぼけながら小さく笑う。
「なんでそんなに騒ぐの…?」
シセの無邪気な一言に、才人は思わず吹き出す。
「……ほんとに、お前のせいで面倒くさいことになるんだから!」
男子たちはがっくり肩を落としつつも、笑いながら教室の片隅へと退く。
才人は頭をかきながら、肩で眠るシセを見下ろす。
「……まったく、俺の日常は何でこんなことになるんだよ」
でも、その横でスヤスヤ眠るシセの顔を見ると、文句を言いつつも少しだけ心が温かくなる。
5時間目、体育館は活気にあふれていた。
「今日はおにごっこだ!」
先生の声に、生徒たちは歓声をあげる。ルールは簡単。鬼以外の生徒は逃げ、鬼は追いかけてタッチするというものだ。
「マジかよ…鬼多すぎだろ」
才人は体育館の端で小声で呟き、シセを背中にそっとおんぶする。シセはまだ小柄なので、才人にとっては負担は軽いが、それでも肩越しに感じる軽い体のぬくもりが、少しだけ意識させる。
「才人、走って!」
シセが元気に声を出す。才人は少し戸惑いながらも、仕方なく足を動かす。
「わかった…!でもシセ、しっかり掴まってろよ!」
才人は少し照れくさそうに言い、シセを背中でしっかり支える。
その横で雄二も準備万端。
「よし、俺が後ろからフォローするから、才人は前に突っ込め!」
才人はわずかに眉をひそめるが、雄二の言葉に従い、二人の連携で鬼から逃げることに。
「くそ…こっち側からも鬼が来る!」
才人は汗をかきながらも、シセを落とさないように必死で走る。シセは楽しそうに笑いながら、才人の背中に顔をうずめる。
「才人、もっと速く!」
「お、おう…!」
呼吸が乱れ、足が重くなるが、才人はシセのために力を振り絞る。雄二も後ろから、「そっちだ!」、「右だ、こっちに逃げろ!」と叫びながら鬼をかわすサポートをする。
体育館の中、逃げる三人と追う鬼の間で、賑やかで笑いの絶えない光景が広がった。
才人は必死ながらも、肩で眠るシセの小さな体を守るように走るたびに、少しだけ心が温かくなる。
「…なんだ、面倒くさいけど、こういうのも悪くないな」
才人は汗まみれになりながら、シセを背負ったまま逃げ続けるのだった。
夜。才人の部屋は静まり返り、窓の外からは柔らかい月明かりが差し込む。布団に包まれた才人のまぶたは重く閉じられ、意識は夢の中へと滑り込んでいった。
気づくと、才人は見慣れた教室でもなく、自分の部屋でもない、幻想的な空間に立っていた。
目の前には大きなクリスマスツリー。ツリーには赤や金の飾りが輝き、柔らかな光が周囲を温かく照らしている。
「…ここは…?」
才人がつぶやくと、横から小さな声が聞こえる。
「わぁ…きれい…」
水野川シセが目を輝かせ、ツリーの前で両手を広げる。小さな体が柔らかく光に包まれ、夢の中とはいえ才人の心をぎゅっと掴む。
才人はドキドキしながら、シセに近づく。思わず手を伸ばし、シセの頬にそっと触れる。
「…シセ…」
その瞬間、才人は自分の理性を忘れ、そっと唇を重ねる。
シセは目をぱちっと開き、小さく笑った。
「うん…!」
その声に才人は胸が高鳴る。
しかし、次の瞬間――
「ん…んん…」
才人は布団の中で目を覚ます。額には汗がにじみ、心臓がまだ早鐘を打っている。
「…夢か…」
才人は安堵のため息をつき、布団に顔を埋める。ほっとした気持ちと、どこか少しの物足りなさが入り混じる。
「でも…なんだか、すごく…ドキドキしたな…」
小さな笑みを浮かべながら、才人は夢の中の温かい光景を思い返し、今日もまたシセとの日常が待っていることに心の中で期待を膨らませるのだった。