「環奈、飯でも食いに行くか?」
「いえ、その……あまりお腹が空いていないので……すみません」
「別に謝る必要ねぇよ。それじゃあ、どこか落ち着ける場所にでも行くか」
「はい」
いつもの俺なら、女と行く『落ち着ける場所』なんてホテルって決まってるから、決まったホテルに入ってさっさと部屋を取るけど、今日は違う。
環奈はそんなところに行くなんて思ってもいないだろうし、変に警戒されても困る。
(――とは言ったものの、どこにするかな……)
迷った末、駅から少し離れた場所にある噴水広場へやって来た俺たちは空いているベンチに腰を下ろした。
夜だと言うのに、広場には複数のカップルと思しき男女が居る。
(何か人も居るし落ち着かねぇけど、環奈ならこういうところの方が話易いだろう……)
俺としては全く落ち着かない場所ではあるが、環奈から話を聞きたい俺はひと呼吸置いた後、話を切り出した。
「環奈、この前仕事休んでたろ? 急だったって聞いたけど、何かあったのか?」
「え? あ、その……ちょっと体調が悪かったので……」
「風邪か?」
「恐らく……。大人しく寝ていたら治りました」
「そうか…………。ただな、この前ちょっと噂を耳にしたんだ」
「噂……ですか?」
「ああ、お前の身体に、殴られたような痣があるとか……」
「!」
俺のその言葉に、明らかに動揺し始めた環奈。
「ほら、この前俺と会った時もお前、顔を腫らしてた事あったろ? 転んでぶつけたって言ってた」
「は、はい。その……私、おっちょこちょいだからよく転ぶんです。身体の痣もきっと、その時にぶつけたものですよ」
けれど、やはりどうしても深く突っ込まれたくないのか、あくまでも転んでぶつけたと言い張る。
(この反応、明らかに殴られてんだろ……)
昔店に来ていた客で男からDVを受けてる女が居たけど、そいつもやっぱり、環奈と同じように男を庇っていた。
その時は馬鹿な女だと思っていたくらいだけど、環奈に関してはどうしても見過ごせなくて俺は、
「嘘つくの、やめろよ」
誤魔化そうと視線をさ迷わせていた環奈の腕を掴むと、半ば無理矢理俺の方を向かせて見つめ合う形に持っていく。
「……ば……んり……さん?」
「……環奈、今日店に来てたアイツ、お前の彼氏なんだろ?」
「!!」
「今日、俺が休憩してた時、近くのスタジオで練習でもしてたんだか知らねぇけど、偶然アイツが連れと話してるの、聞いたんだ。彼女がHEAVENで働いてるって。それを聞いた時はまだ環奈の事かどうかまでは分からなかったけど、店に行って確信した。アイツがお前の男だって」
「…………そう、だったんですね」
「その痣っていうのは、アイツに殴られて出来たモンなんじゃねぇのか?」
「違っ……」
「だったら! 俺の目を見て答えろよ!」
「…………っ」
恐らく無意識なんだろう。
環奈は嘘を付くと視線が泳ぐ。
「もう一度聞く。アイツに、殴られるのか?」
「…………」
今度は顔を俯けたまま、静かに頷いた環奈。
分かってはいたが、環奈から改めてその事実を知るとアイツに対して怒りしかない。
「クソっ! 俺がぶん殴ってやる!」
「止めて! 違うの、私が、私が悪いの! 私が……彼の言う通りに出来ないから……だから……」
「お前……何言って……」
俺が怒りを露わにすると環奈が止めてきた事に驚きはしたが、アイツを庇う発言には理解が追いつかない。
「お前、何でそんな事言うんだよ? どう考えても殴る方が悪いに決まってんだろ!?」
「…………っ痛」
環奈の事が大切なのに、アイツを庇うから苛立ち、つい彼女の腕を掴んでいた手に力がこもってしまう。
「――悪ぃ……」
力任せなんて、これじゃ、あのクソ野郎と何も変わらない。
痛さと恐怖から怯える環奈を目の当たりにした俺は自身の行動を悔いて謝り、彼女から少し距離を取った。
「……あの、私の方こそ、ごめんなさい……」
環奈のその謝罪は、何についてなんだろうか。
俺に、何が出来るんだろう。
クソ野郎から環奈を引き離す事は容易いけど、環奈自身がそれを望まないのであれば、そんな事は出来ない。
そんな時、環奈のスマホから着信音が鳴り響く。
「…………」
「……出ないのか?」
「えっと……その……」
バツの悪そうな環奈の表情から、電話の主があの男からだと悟る。
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