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「アイツからだろ? 俺に構わなくていい。出ろよ」
俺が少しだけ素っ気なくそう言い放つと「すみません……」と一言断った環奈は電話に出た。
「も、もしもし?」
『おい、何で帰ってねぇんだよ?』
「ごめんね……その、今日はお客様にアフターのお誘いを貰ったから……」
『客? ああ、あのいけ好かねぇ男か。まあ、どうでもいいけどよ、お前酒用意してねぇぞ?』
「ご、ごめんなさい」
『ったく、お前は本当に使えねぇな?』
「帰りに買っていくから……」
『あーもういいわ。お前も居ねぇ、酒もねぇじゃ居る意味ねぇから帰るわ』
「……そ、そっか……本当に、ごめんね……」
『次は同じ事すんなよ? ま、せいぜい男に媚びて、稼ぐ為に太客にでもなってもらえよ。それじゃあな』
相手の声が大きくて聞きたくもねぇ男の声と話が聞こえて来て、偉そうな物言いに心底腹が立つ。
正直、見る目がないどころの話じゃない。
何か弱味でも握られていて、そのせいで別れられないとかじゃないかと思いたいくらい、環奈と男を引き離したい気持ちで一杯だった。
「……なぁ、環奈」
「は、はい?」
「謝ってばっかで、そんな相手と一緒に居て、お前は幸せなのか?」
意地の悪い質問だったかもしれないけど、俺は知りたかった。
何故、クズな男の傍に居続けるのかを。
だけど、聞いた俺はすぐに後悔する。
「……彼は、決して、悪い人じゃないんです。優しくて、色々と気にかけてくれますし、出会った頃、私が困っていた時に、とても良くしてくれたんです。最近はバンドの方が思うようにいかないみたいでむしゃくしゃしていて気が立っているだけなんです。私はただ、彼の支えになりたいだけなんです」
冷たくされても、殴られても、それでもそうやって男を庇う環奈。
そこまで言われちゃ、もう俺の出る幕は無い。
聞くんじゃ無かったと後悔した。
それなのに、俺は――……
「環奈」
「は、はい?」
「ちょっとスマホ貸せ」
「え?」
「いいから」
俺に言われた環奈は戸惑いながらもロックを解除したスマホを手渡して来たので、俺はそれをサッと操作してある事をする。
「これ、俺の番号」
「え?」
「お前が男を好きな気持ちは分かった。けどな、手を上げる男なんて、ろくな奴じゃない。それは、お前だってどこかで分かってんだろ?」
「…………っ」
「そんな顔すんな。別に責めてる訳じゃねぇから」
言いながらポンと彼女の頭を撫でた俺は、話を続ける。
「暴力は、一歩間違えば命の危険だってあるし、男と女じゃ、力が違い過ぎる。どんなに好きな相手だとしても、そんな目に遭ってまで我慢する事はねぇんだ」
「…………」
「だから万が一、一人じゃどうしようもねぇ時は、俺を呼べ。何時でもいい。どこに居ても必ず行くから」
「万里さん……」
「困った時は、他でもねぇ……俺を頼って欲しいんだ」
俺が、誰かにこんな事を言う日が来るなんて思いもしなかった。
環奈と出逢う前の俺が知ったら、鼻で笑うくらいおかしな事だろう。
それでも、俺は環奈にとって、誰よりも頼れる存在で在りたかった。
それ程までに、俺は環奈に、惹かれていたんだ。