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りゅず
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#⛄️
kaede🍁
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その日、阿部は朝から個人の仕事だった。
撮影は順調だったけれど、予定していた時間を少しずつ過ぎている。
休憩中。
阿部はスマホを確認した。
目黒からメッセージが届いている。
『着いたよ。ゆっくりで大丈夫だからね』
「……もう来てる。」
思わず頬が緩んだ。
今日の仕事が終わったら、目黒が迎えに来てくれる約束だった。
最近は二人とも忙しかった。
同じ家に帰っているのに、阿部が眠った後に目黒が帰ってきたり。
阿部が起きる頃には、目黒が先に仕事へ出ていたり。
顔を合わせても、
「おはよう。」
「行ってきます。」
そんな短い会話だけで終わってしまう日も多かった。
だから今日は久しぶりに二人でゆっくりできる。
帰りに何か買って帰ろうか。
それとも家にあるもので簡単に作ろうか。
映画でも観ようかな。
明日の入りは少し遅かったはずだから、夜更かししても大丈夫かもしれない。
そんなことばかり考えていた。
『もうちょっとで終わるから待ってて』
そう返信するとすぐに既読がつく。
『うん。待ってる』
それだけで嬉しかった。
___________
「阿部さん、次お願いします!」
「はい!」
スマホを置いて。
阿部は再びセットへ戻った。
撮影もあと少し。
これが終われば帰れる。
少し浮かれていたのかもしれない。
普段なら気付いていたはずだった。
スタッフの慌てた声にも。
背後から聞こえた、不自然な音にも。
「阿部さん!」
「え?」
振り返った時には。
大きなセットがこちらへ傾いていた。
「危ない!」
一瞬。
何が起きているのか分からなかった。
逃げないと。
そう思った時には、もう遅かった。
身体が反射的に動く。
阿部は顔を庇うように右腕を出した。
次の瞬間大きな衝撃が走った。
「っ……!」
身体が床へ倒れる。
周囲から悲鳴が上がった。
「阿部さん!」
「セット押さえて!」
「動かさないで!」
いくつもの声が重なる。
阿部は床に座り込んだまま、自分の右腕を見た。
「……っ、いた……。」
遅れて。
強烈な痛みが襲ってきた。
右腕を動かそうとすると。
「っ……!」
息が止まるほど痛い。
「阿部さん、動かさないでください!」
スタッフが駆け寄ってくる。
「頭は打ってませんか?」
「……多分、大丈夫。」
「他に痛いところは?」
「右腕……。」
答えながら。
阿部は青ざめた。
怖かった。
腕の痛みももちろん怖い。
でも。
頭に浮かんだのは別のことだった。
「……めめ。」
「え?」
「……もう来てる。」
さっき届いたメッセージ。
『待ってる』
今日は久しぶりに。
一緒にゆっくり過ごせると思っていた。
そのために目黒は迎えに来てくれたのに。
「……どうしよう。」
阿部の目に涙が滲む。
スタッフが心配そうに声をかけた。
「すぐマネージャーさんにも連絡しますから。」
「今は腕を動かさないでください。」
分かっている。
でも。
痛みと混乱で上手く考えられなかった。
ほんの少し前までは、今日の夜何を食べようかなんて考えていたのに。
阿部は震える左手でスマホを探そうとして。
また右腕に痛みが走った。
「……っ。」
「阿部さん、無理しないで。」
「でも……めめに……。」
知らせないと待たせてしまう。
心配させてしまう。
そう思ったところで。
スタッフの一人が慌てて言った。
「目黒さん、もう下にいらっしゃるそうです。マネージャーさんが呼びに行きました。」
「……え。」
阿部は動きを止めた。
もうすぐ目黒が来る。
安心したはずなのに。
なぜか涙が一粒落ちた。
せっかく久しぶりに一緒にいられる日だったのに。
楽しい夜になるはずだったのに。
「……ごめんね、めめ。」
まだ目黒は来ていないのに。
阿部は痛む右腕を庇いながら、小さく呟いた。
___________
「救急車、呼びます」
スタッフの言葉に、阿部は首を横に振った。
「……大丈夫です。」
「でも、阿部さん。腕が――」
「めめと行きます。」
痛みで声が震えていた。
それでも、そこだけは譲れなかった。
「めめ、もう来てるんですよね?」
「はい。でも――」
「だったら、めめと病院行きたいです。」
本当は救急車の方がいいのかもしれない。
そんなことは阿部にも分かっていた。
けれど。
今日はずっと、目黒と一緒に帰ることを楽しみにしていた。
せっかく迎えに来てくれた。
少しでも長く一緒にいたかった。
こんな状況になってまでそう思ってしまう自分が、少し情けなかった。
___________
スタッフに右腕を応急処置で固定してもらっている途中。
廊下から慌ただしい足音が聞こえた。
「……あべちゃん!」
聞き慣れた声。
阿部が顔を上げる。
「めめ……。」
目黒は息を切らしていた。
阿部の姿を確認した瞬間、明らかに表情が強張る。
「大丈夫?」
「うん。」
「……それ、大丈夫じゃないでしょ。」
固定されている右腕。
青ざめた顔。
目黒はすぐ阿部の前にしゃがんだ。
「他に怪我は?」
「多分、腕だけ。」
「頭は?」
「打ってない。」
「本当に?」
「うん。」
何度も確認する目黒に。
阿部は少しだけ笑った。
「めめ。」
「何?」
「病院、一緒に行って。」
目黒は一瞬だけ黙って。
「もちろん。」
迷うことなく答えてくれた。
___________
病院までは目黒が車を運転してくれた。
阿部は助手席で、固定された右腕を庇うように座っていた。
車内は静かだった。
いつもなら。
二人きりになれば話したいことがたくさんある。
でも今日は、何を話せばいいのか分からなかった。
「……痛い?」
目黒が前を見たまま聞く。
「ちょっと。」
本当はかなり痛い。
でも、これ以上心配させたくなかった。
「病院もう少しだから。」
「うん。」
赤信号で車がゆっくり止まった。
目黒が阿部を見る。
「……あべちゃん。」
「ん?」
「俺、一生そばにいるから。」
突然だった。
阿部は目を見開く。
「……。」
「怪我しても。」
目黒の声は優しかった。
「体調崩しても、何があっても。」
「……。」
「ずっといるから。」
普段の自分なら。
きっと最初に考える。
――仕事は?
目黒には目黒の仕事がある。
自分のせいで予定を変えさせたくない。
迷惑をかけたくない。
そんな言葉がいくつも浮かぶはずなのに。
今日は。
「……ありがとう。」
それだけだった。
阿部は俯いた。
嬉しかった。
安心した。
目黒が一生そばにいてくれる。
何があっても離れない。
その言葉に。
張り詰めていたものが、一気に緩んだ。
だからこそ。
胸が苦しくなった。
――何安心してるんだろう。
自分のせいで。
目黒の時間を奪うかもしれないのに。
『一生』なんて。
そんな重い言葉。
使ってほしくなかった。
目黒には目黒の人生がある。
仕事も。
夢も。
大切にしてほしいものがたくさんある。
自分一人のために。
一生なんて約束してほしくない。
なのに、心のどこかで。
その言葉を嬉しいと思ってしまった。
離れないで。
そばにいて。
そんな自分勝手な気持ちが出てきてしまう。
「……。」
阿部は何も言えず、複雑な表情で俯いた。
「……あべちゃん?」
目黒が心配そうに覗き込む。
「腕、そんな痛い?」
「え?」
「さっきより顔色悪い。」
違う。
痛みを我慢していたわけじゃない。
阿部は慌てて顔を上げた。
「大丈夫。」
「本当に?」
「うん。」
「無理してない?」
「してないよ。」
ちょうど信号が青になる。
目黒はまだ心配そうだったけれど、前を向いて車を走らせた。
阿部はその横顔を見つめる。
言えなかった。
『一生なんて言わないで』
そんなことを言ったら。
目黒を傷つける気がした。
それ以上に。
本当はその言葉を手放したくない自分に気付いてしまった。
阿部は左手をそっと握り締めた。
一生そばにいてほしい。
でも。
自分のために一生を使ってほしくない。
矛盾した二つの気持ちが。
胸の中でぐちゃぐちゃに絡まっていた。
それでも今だけは。
隣に目黒がいることに安心していたかった。
「……めめ。」
「ん?」
「病院まで、よろしくね。」
「うん。」
目黒は優しく笑った。
「任せて。」
その笑顔を見て。
阿部はまた少し安心してしまった。
そして同時に。
安心した分だけ、罪悪感も大きくなっていった。
コメント
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事故の場面は本当にひやりとしました。特に「めめと行きます」と救急車を断る阿部さんの気持ちに胸を打たれました。目黒さんの「一生そばにいるから」という言葉も、素直に喜べず罪悪感と安心が絡まっていく心情の描き方が切なくて…。久しぶりの二人の夜のはずだったのに、と思うと余計に苦しいです。続きが気になります。