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拓海が拓海じゃない? 先生は何を言っているんだ? それに今の音……何が起きているんだ? と、そのとき、拓海がゆっくりと起き上った。
「た、拓海! 大丈夫か?」
だけど、拓海の頭は半分吹っ飛んでいて、……そいつが僕を、じろっと見た。
「た、拓海……?」
突然僕の体が後ろに引っぱられた。
「離れろと言っているだろ。死にたいのか!」
先生がすごい力で僕を後ろに放り投げた。と同時に、またパン、パン、パンと乾いた音がして、拓海、いや拓海のようなものの体が揺れた。そいつは両手をクロスさせて銃弾を防いだ。いや、もちろんそんなことで防げるわけもなく、体にいくつも穴があいているのだが、まったく動じることなく立っている。
「ベレッタM93Rでは3点バーストでも火力が足りないか」
そういうと先生は持っていた銃を捨て、懐から銀色の十字架を……いや、十字架にしては形がおかしい。一箇所だけが長すぎる。あれは剣だろうか、それを取り出した。そして、
「天軍の栄えある総帥、大天使聖ミカエルよ、
かつて悪魔の大軍が全能なる天主に反きし時、御身は『たれか天主にしくものあらん』と叫び、あまたの天使を率いてかれらを地獄の淵に追い落とし給えり。
故に我らは御身をその保護者となし、守護者と崇め奉る。願わくは霊戦に当りてわれらを助け、悪魔を退け給え。
われらをして御身にならいて、常に天主に忠実ならしめ、その御旨を尊み、その御戒めを守るを得しめ給え。
かくてわれら相共に天国において、天主の御栄えを仰ぐに至らんことを。御身の御取次によりて天主に願い奉る。アーメン」
そう唱えると同時に拓海に斬りかかった! だけど拓海のようなものはその剣を平然と腕で受けとめる。剣は腕の半分くらいで止まった。拓海の顔をしたそいつは、拓海が今まで浮かべたことのない邪悪な笑みを半分残った顔に浮かべると、もうひとつの手で先生をつかもうとした。
……けれど。
「!?」
突然、拓海のようなものの体が爆発するように青い焔に包まれた。声にならない叫びをあげて、拓海らしきものがのたうちまわる。だけど、これじゃあ……
「せ、先生、祠が燃えちゃうよ!」
「大丈夫だ。あの焔はウリエル、邪悪な魔力を燃やす、神の炎だ」
……? 何を言っているか分らない。けれど、すぐに青い焔は消え、確かに祠の床には焼け跡もついていなかった。そこには拓海らしきものの体だけが残っている。
「先生、これは何だったの?」
「生きる屍(リビングデッド)だ」
「リビングデッド?」
「ゾンビの一種だ。だが、普通のゾンビはすぐに腐るし、知性も持ち合わせていない。なのにこいつは腐敗の兆候も見えないし、生前の知識も持ち合わせて生きているふりをしていた。これほど高度な死霊術は、俺も初めて見る」
「生前の知識って……、じゃあ、こいつは本物の拓海なのかよ!? さっき、先生は、こいつは拓海じゃないって……」
「説明が足りなかったな。こいつはもう、お前が知っている加藤拓海ではない。すでに殺され、邪悪な術者に操られる化物になっている」
「なんだよ、それ……」
「あまりゆっくり説明している暇はないのだがな。死体の始末をしないと、現状では俺が高校生を殺したことになる。……だが、まあ、いいだろう。秋川も既に巻き込まれている。生き延びるためには、知識も必要だろう」
そういうと先生は、銃などを片付けながら、説明を始めた。
「まず、俺たちはRFS、“回転する炎の剣”、楽園の守護者だ。世界の裏で暗躍する黒魔術師と戦っている。本来日本は、別の組織があるから通常俺たちが出てくることはないんだが、今回は異常事態ということで救援要請が入り、俺がアサインされた……つまり任務に就くことになったわけだ」
まったく話についていけない……が、気になったのは。
「異常事態?」
「ゾンビ、死霊術師の存在だな。日本の術師は、霊的防御に長けている。が、こうした物理的な存在には慣れていない。というより、そもそも治安のいい国でこうした存在が確認された例は、ほとんどないんだがな。普通、黒魔術師は戦争や内戦で暗躍する。正体を隠しやすいからな。それはともかく、2年A組の生徒が事故死した、とされている。表向きはな。実際は、ゾンビ化していることを日本の機関が発見した。それをきっかけに、RFSに救援要請が出され、俺が教師として学校に潜入することになったわけだ」
「ゾンビって、そんな異常事態なのか?」
いや、ゾンビが異常なのはわかる。わかるが、それは僕達一般人にとってであって、魔術や霊的防御とか話しているこの人たちにも異常なことなんだろうか。
「ゾンビはやっかいなんだ。例えば俺たち白魔術師は、霊的な結界をはる。これで霊的な存在は近づけない。実はゾンビもそのままでは近づくことが出来ないんだが、例えば車に乗って、結界の外から突っ込む、なんてことが出来る。車は物理的存在で、結界で防ぐことは出来ない。そうやって結界の一部を物理的に破壊し、破ることが出来るんだ。先ほども言ったが、日本の機関は霊的防御には優れるが、こうした物理的手段に対抗する術をあまり持っていない」
「あんたたちの結界なら車も防げるのか?」
「いいや。ただ、俺たちRFSは、ゾンビが車で突っ込んできたら、バズーカで車を吹き飛ばす。そういう物理的手段を豊富に持っている、というだけだ」
そういやこの人、さっきも銃を撃っていたな。
「もっとも今日は不意をつかれた。まさか初日から仕掛けてくるとはな」
「何があったんですか?」
「授業について質問がある、と言って加藤拓海がやってきた。そしてそのまま襲われたよ。もっとも、それは撃退したがね。その後4階の校舎から飛び降りて逃げたこいつを追いかけてここまで来た、というわけだ。俺はさすがに4階から飛び降りるというわけにもいかず、また校内で銃を撃つわけにもいかんからな。その間に、お前が巻き込まれたというわけだ」
「襲ってきた、ということは、先生の正体がばれたってことなのか?」
「どうだろうな。この時期にやってきた正体不明の人物を警戒して、ということかもしれん。というのも、いかに高度な技術で作られているとはいえ、白魔術師を倒すのにゾンビ一体だけ、というのも不自然だ。もしこちらの正体を正確に把握していたら、確実につぶしにきていたろう。そういう本気さを感じなかった。だが、ゾンビが返り討ちにされたことで、向こうはこちらの存在に気づいただろう。秋川、お前は家に引きこもって学校に出てくるな。これからは激しい戦いが予想される。巻き込まれたら死ぬぞ」
「引きこもっていたら……無事なのかよ」
「さあな。一応護衛はつけてやる。だが、向こうが本気で攻めてきたら、白魔術師ではない護衛など、あってもなくても同じだ。向こうの本気度次第かな」
「そんな……」
「悪いが、白魔術師の数はそう多くない。一人一人に護衛につくわけにはいかないんだ。そして黒魔術師が出てきたら、白魔術師以外では太刀打ちできない」
「黒魔術師じゃなく、襲ってきたのがゾンビなら?」
「その場合は、完全武装した護衛チームと普通のゾンビ1体なら、勝てるだろう。それでも、ゾンビの数が多いと厳しい。それに、日本だと銃器を自由に使えないから、かなり不利だ。ゾンビの能力そのものは普通の人間と違いはない。しかし、やつらは自分の体が壊れても関係なく襲ってくる。おまけに、物理的に破壊して動けないようにしないかぎり戦い続ける。近接戦では、ただの人間では圧倒的に不利だ」
そう説明しながら、先生は拓海の亡骸に落ち葉をかけ始めた。それで隠せるの? と聞くと、処理班の到着まで見つからなければそれで十分だ、と言いながら、説明を続けた。
「さらに付け加えると、今のはただのゾンビの話だ。今回の生きる屍(リビングデッド)は、パッと見では生きた人間と違いがない。そんなやつが、助けてくれ、俺は操られているだけだ、と言ったら? 普通の人間なら、まともに戦えないうちに全滅させられるかもしれん」
「いずれにせよ、僕の生存率は高くなさそうだね。……だったらさ、僕、先生の手伝いをしていいかい?」