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第八章
旅立ち①
― 新たなる使命 ―
朝日が神殿の窓から差し込み、静かな光が礼拝堂を優しく照らしていた。
初陣を終えた神殿には、昨日までの張り詰めた空気が少しだけ和らいでいる。
しかし、その穏やかさとは裏腹に、四人の胸には新たな決意と、拭いきれない戸惑いが残っていた。
神器を手にし、初めて魔獣と戦った。
そして――初めて、自らの手で命を奪った。
だが、それは終わりではない。
本当の戦いは、ここから始まる――。
コンコンコン。
静かな朝に、部屋の扉を叩く音が響く。
「おはようございます、巫女さま。神父さまがお呼びです。中央広間へお越しください。お話があるそうです」
「……わかりました」
そう返事をしたものの、煉華の心は晴れなかった。
昨日まで、ごく普通の高校生活を送っていた自分。
それが一夜にして、命を懸けて戦う巫女となった。
初めて武器を握り、初めて命を奪った。
ここが、自分たちの知る世界とはまったく違う場所なのだと、ようやく実感し始めていた。
――『力を使い過ぎれば、五感のうち一つを失います』
神父の言葉が胸の奥で重く響く。
自分たちにしかできない使命。
逃げることはできない。
やらなければならないことも、わかっている。
それでも――。
「あっ! 緋月さん! おはよう! よく眠れた?」
明るい声に顔を上げると、琥珀が満面の笑みで手を振っていた。
「……ええ。白峰さんは?」
「あたし? ドキドキとワクワクでなかなか寝付けなかったよ! あっ! 黒守さーん!」
廊下の向こうから歩いてくる詞葉へ、琥珀は大きく手を振る。
「元気ね、彼女……」
煉華は思わず小さく笑みをこぼした。
「おはよう、緋月さん」
「おはよう、神代さん……でも、今は少しありがたいかも…」
「……そうね」
蒼紫もまた、琥珀の無邪気な笑顔を見つめ、静かに微笑む。
その明るさは、四人の心に残る緊張を少しだけ和らげてくれていた。
やがて四人は中央広間へと集まる。
神父は柔らかな笑みを浮かべながら、静かに口を開いた。
「おはようございます、巫女さま方。昨夜はよくお休みになられましたか」
四人は小さく頷く。
「昨日は、大変ご立派でした。四神さま方も、きっとお喜びになられていることでしょう」
神父は一度言葉を区切ると、穏やかな表情のまま続けた。
「さて、昨日の今日ではありますが……巫女さま方には、本日より邪神討伐の旅へ出発していただきます」
その言葉に、四人の表情が引き締まる。
「あ、あの……」
詞葉がおずおずと手を挙げた。
「私たち、その……どこへ向かえばいいのかも、何もわからないのですが……」
神父は優しく頷いた。
「ご安心ください。邪神の居場所は、まだ判明しておりません。各地で起きている魔獣の出没や瘴気の異変を調査しながら、その痕跡を追っていただきます」
四人は真剣な表情で耳を傾ける。
「そして、その旅を支える者として――」
神父は羅刹へ視線を向けた。
「羅刹。本日より、お前を巫女さま方の正式な案内役に任命します」
「はい神父さま」
羅刹は一歩前へ出ると、四人へ向き直った。
「改めまして、本日より旅の間、皆さまをご案内いたします。羅刹です。危険も多い道のりとなりますが、どうぞ安心してお任せください」
「よろしくお願いします」
煉華が頭を下げると、蒼紫、琥珀、詞葉も続いて一礼する。
羅刹も穏やかな笑みを浮かべ、丁寧に礼を返した。
「皆さまのお力になれるよう、精一杯務めさせていただきます」
神父は四人を静かに見渡した。
「どうか、お気をつけて。四神さまのご加護が、皆さまと共にありますように」
四人は力強く頷く。
それぞれの胸に覚悟を抱きながら、神殿の大きな扉がゆっくりと開かれた。
眩しい朝日が差し込み、新たな世界への道を照らしている。
四人は羅刹と共に、その一歩を踏み出した。
――邪神討伐の旅が、今始まる…。
②
「先程、神父さまも仰ったように邪神の居場所はわかっていません。ですが痕跡は残っていますので、その痕跡を辿れば必ず邪神の元へ辿り着くことができます」
優しい笑みを浮かべた羅刹は4人に視線を向けた
「痕跡…ですか?」
詞葉が首を傾げ羅刹を見つめる。その問に羅刹が答える前に蒼紫が詞葉の肩にそっと手を添え
「周り見て黒守さん…所々、不自然なのよ…木々も生い茂って鳥も空高く飛んでる…でも…ここの川は…」
蒼紫の視線の先にある小さな小川は川面を覆う水は、もう水とは呼べないほど濁っていた。
異変が起こる前は石のすき間をすべる魚の影が見えたはずなのに、今は黒ずんだ泡と、流れ着いた毒気にやられたのであろう小魚の死体がゆっくりと岸辺に引っかかっている。
一歩近づくたび、鼻の奥にまとわりつく生ゴミのような腐敗臭が、美しかったであろう小川の記憶を、少しずつ塗りつぶしていった。
羅刹は静かに頷いた。
「これが邪神の痕跡です。この穢れは、まるで血管のように大地へ広がっています。辿っていけば、必ず邪神へと行き着くでしょう」
四人は息を呑み、濁った川を見つめた。
その時だった。
風が、不意に止む。
木々の葉が揺れる音さえ消え、辺りを静寂が包み込んだ。
「……?」
煉華が顔を上げる。
前方の細い道から、一人の青年がゆっくりと歩いてくる。
漆黒の外套を羽織り、黒髪を風に揺らすその姿は、この穢れた景色の中にありながら、どこか異質なほど静かだった。
青年は四人と羅刹の横を、何も言わずに通り過ぎる。
ほんの一瞬。
煉華と青年の視線が交わった。
その瞳には、言葉では表せないほど深い孤独と、底知れない闇が宿っていた。
「……今の人は……」
振り返った時には、青年の姿は木々の奥へと消え始めていた。
羅刹はその背中を見つめ、小さく目を細める。
「…………」
その表情だけが、何かを知っているようだった。
―――
コメント
1件
「旅立ち」の章、始まりましたね。初陣を終えた四人の心の揺れがとても丁寧に描かれていて、読んでいてぐっと来ました。特に、煉華が「力を使い過ぎれば五感を失う」という神父の言葉を思い出すシーン——彼女の不安が痛いほど伝わってきました。それでも琥珀の明るさが四人の緊張を和らげる構図が好きです。そしてラストの黒衣の青年。あの孤独と闇を宿した瞳、羅刹の何かを知っているような表情……これは間違いなく重要な伏線ですよね。続きが気になります。