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きなこ猫
紫宮 叶夢
今週は2話更新。
オーディションの時から、JISOOは私の特別な人だった。
最終審査のために上京してきてからの数ヶ月。
先の見えない不安ばかりが膨らんで、1人で考えすぎてしまう時間がどんどん長くなっていた。
そんな時、オンニは「海見に行こう」って外へ連れ出してくれたり、美味しいものをたくさん食べさせてくれたりした。
その度に二人で「1人じゃなくて本当に良かった」って言い合って。
あの暗闇みたいな日々の中で、私は何度もJISOOの優しさに救われていた。
だから今こうして、恋人として一緒に暮らしていることが、時々信じられないくらい幸せに思う。
グループでいる時のJISOOは、いつも完璧な「オンニ」でいてくれる。
それは恋人になった今もあまり変わらなくて。
JISOOは、私の前でもなかなか甘えてくれない。
もっと頼ってほしいし、もっとわがままも言ってほしい。
恋人なんやから。
……それに、もうひとつ。
夜のベッドの中でも、少し思うところがあった。
JISOOは本当に優しくて、エッチをする時も私のことばかり優先してくれる。
私の声や表情をじっと見つめて、とろとろに甘やかしてくれる。
でも、私が満足したあと。
オンニはなんだか切なそうな、少し物足りなそうな顔をして。
愛おしそうにおでこへキスをして、「おやすみ、ナオ」って眠ってしまう。
かと言って、「次、私がやろうか?」なんて言える度胸ないし。
もし私の勘違いで「そんな気分じゃない」って拒否されたらと思うと、怖くて何もできなかった。
そんな風に、隣で眠るJISOOの寝顔を見つめながら、スマホ片手に検索を繰り返していた夜。
ふと、画面の隅に表示された広告へ目が止まった。
『最近、パートナーとの距離感に悩んでいませんか?』
(……ん?)
なんとなく気になって、私はその広告をタップした。
すると、やたらとピンク色でキラキラしたサイトが開く。
『“自分から誘うのは恥ずかしい……”』
『“もっと甘えてほしいのに、距離が縮まらない”』
『そんなあなたへ』
『本製品は、恋人との“特別な時間”をサポートする恋愛応援リキッドです!』
(うわぁ……めっちゃ怪しい……)
でも、ブラウザを閉じようとした指は、なぜかそのまま下へとスクロールを続けていた。
『たった数滴で、相手があなたを求め始める——』
どくん、と心臓が跳ねる。
自然と隣へ視線を向けた。
規則正しい寝息を立てながら眠るオンニ。
長い睫毛も、少し開いた唇も、いつも通り穏やかな寝顔なのに。
もし、このオンニが。
私を求めて、余裕をなくして、困ったような顔をしたら——。
「……っ」
思わず、枕へ顔を埋める。
いやいやいや、何考えてるん私。
しかもこんなん、どう考えても怪しい詐欺サイトやん。
閉じようとして顔をあげると、画面には追い打ちをかけるように次の文言が飛び込んできた。
『無味無臭・無色透明』
『お茶やジュースに混ぜても、一切気づかれません♪』
(いや怖っ)
普通に犯罪まがいの広告になってきている。
さすがにやばいやろ、と本気で閉じようとして——。
『副作用とか大丈夫? と思ったそこのあなた!!』
『なんとこちら、トマト数十個分の抗酸化作用』
『さらに高純度の亜鉛など、美肌・健康成分をたっぷり配合!』
『忙しい毎日を頑張るパートナーへの“ご褒美ケア”としても大人気です♪』
(……え?)
思わずスクロールする手が止まる。
(身体に悪いどころか、むしろ美容と健康にいいん……?)
(じゃあ、いつも仕事で忙しくて疲れてるオンニへの、ちょっと贅沢な栄養補給やと思えば……)
そこまで考えて。
(いやいやいや!!)
恋人に薬盛ろうとしてる時点でアウトやろ。
しかも“美容にいいから”って、言い訳として終わりすぎてる。
でも。
『たった数滴で、相手があなたを求め始める——』
(……もし、オンニ本当は我慢してたりしたら?)
(もっと甘えたいのに、遠慮してるだけやったら……?)
胸の奥が、変にざわつく。
隣で眠るJISOOの横顔を見る。
「……あ〜もう」
小さく呻きながら、私は両手で顔を覆った。
数秒そのまま固まって。
結局、私はそろそろと画面へ手を伸ばした。
「……買ってしまった……」
しかも、JISOOが仕事で家にいない、私のOFFの日を配送指定して。
表示された購入完了画面をスッと消して、逃げるようにスマホを伏せた。
数日後。
「じゃ、行ってきます〜」
「気をつけてね! いってらっしゃい」
仕事へ向かうJISOOを笑顔で見送り、玄関のドアがパタンと閉まった瞬間。
私はふぅ、と深い息を吐き出した。
今日は私だけがOFFの日。
つまり、例のブツが届く運命の日。
JISOOの帰宅は19時。それまでに、今日のために練り上げてきた完璧なプランを形にしなければならない。
名付けて、『何もない日にサプライズ大作戦』。
午前中のうちに掃除と洗濯を終わらせ、夜ご飯の仕込みまでを完璧にコンプリート。
お昼過ぎに無事荷物を受け取ると、休む間もなく街へと繰り出した。
目指すは、JISOOがずっと「食べたいなぁ」って呟いていたお店の高級チーズケーキ。
事前に予約しておいたそれを受け取り、その足でお花屋さんへ寄って、オンニが大好きな霞草(かすみそう)の小さな花束を小脇に抱える。
帰宅後、部屋のセッティングと料理の最終仕上げをしながら、私は一番の重要課題について考えていた。
例のやつの混ぜ方、である。
ケーキに混ぜようかなと思ったが、せっかくの美味しいチーズケーキの味を1ミリでも損なうような真似はしたくない。
そこで、チョイスしたのはノンカフェインのちょっといい紅茶。
これなら無味無臭・無色透明の強みを最大限に活かせるし、食後のまったりタイムに自然に差し出せる。
(ふっ…完璧や。)
ガチャ、と鍵が回る音と共に、「ただいま〜」という少し疲れた、でも愛しい声が聞こえた。
「オンニ! おかえり!」
私は弾かれたように玄関へ向かい、満面の笑みでお出迎えする。
「お、ナオ……って、え? なにこれ」
「いいからいいから、ちょっとこれつけて?」
私が差し出したアイマスクに、JISOOは「え? なんで?」と目を丸くしながらも、大人しく頭を差し出してくれた。
視界を奪われたオンニの柔らかい手をそっと引いて、リビングまで誘導する。
テーブルの前に立たせて、「じゃーん、外していいよ!」と声をかけた。
アイマスクを外したJISOOの瞳が、驚きで大きく見開かれる。
「うわ〜っ、すごい……!」
テーブルの上には、本格的なスパイスの香りが漂うタイカレーと、彩り豊かな小鉢の数々。
そして真ん中には、さっき受け取ってきたばかりの高級チーズケーキ。
「って……え、待ってごめん! 今日、なんかの記念日だっけ……!?」
完全に記憶を飛ばしたと思って大焦りするJISOOに、私は思わずくすくすと笑ってしまう。
「違うよぉ。いつも頼ってばかりだから、オンニに感謝の気持ちを伝えたくて。」
私は背中に隠していた霞草の花束を差し出す。
「これ、オンニの好きな霞草と、前食べたがってたお店のチーズケーキ!」
「わぁ……ありがとう!びっくりした……。私も、ナオにはいっつも助けられてるよ?」
そう言って、本当に嬉しそうに目を細めて花束を抱きしめるオンニ。
その弾けるような笑顔を見て、私の胸が愛おしさでキュンと満たされる。
「手、洗ってくるね」
「うん!」
ぱたぱたと洗面所へ向かうオンニの背中を見送りながら、私は一旦チーズケーキを冷蔵庫へしまった。
めちゃくちゃ長くなりそうだったので、今回は全4話予定です。
あと、勢いのまま一気に書き上げたので、いつも以上に荒い部分があるかもしれません……!
温かい目で読んでいただけると嬉しいです。
コメント
2件

楽しみすぎるほんまにありがとうございます
あーねさん、第11話読ませていただきました! ナオの「もっと甘えてほしい」っていう気持ち、すごく伝わってきました。あの怪しい広告にどんどん引き込まれていく心理描写がリアルで、ドキドキしながら読み進めちゃいました(笑) 最後はチーズケーキとお花でサプライズするところ、健気でかわいくてじんわり温かい気持ちになりました。続きが気になります!