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八雲瑠月
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──くだらねえ。 机を寄せて話し合う、同じ服に身を包んだ奴らに心の中で毒吐いた。
はぁーと胸の奥底にある黒いものを吐き出し、黒板に目をやれば、「小論文」とバカでかく書かれてあり、その横には「テーマ 生きる理由」と続いている。
生きる理由? そんなもんねーよ。
勝手にこの世に生み落とされて、何で必死こいて生きないといけねーんだよ?
別にやりたいことなんて、ねーし。
この先の人生なんかどうでもいいし。
今、この時を大切に生きる?
くだらねえ。
そんな、どーでも良いことを考えながら、小論文を書く為の話し合いとかを冷めた目で傍観していた。
「藤城くんは、意見ない?」
俺のような奴にも面倒くさがらず話しかけてくる、前方に座っているグループの進行役。
セーラー服の胸ポケットに下げたプラスチックの名札には吉永未来と刻まれている。
ふわりと揺れる胸元までの髪。大きな瞳、通った鼻筋、艶のある唇。
いわゆる一軍と呼ばれる立ち位置で、美人と言われる部類であり、俺が一番関わりたくない人種。
下手に誤解され、クラスの奴らに「身の程知らず」と嘲笑われでもしたら、やってらんねえ。
だからこそ。
「ない」
喉の奥に力を込め、あえて語気を強める。話しかけてくるなと、不機嫌なオーラを放って。
その場の空気が一瞬張りつめたが、そんなのどうでもいい。
「そっか……」
投げやりな返答に変わらず口角を上げていたが、大きな目は不安気に左右に動き、小さな声は教室の雑音に消えていく。
しかし俺はそんな姿を横目に、黙々と原稿用紙にボールペンで文字を書き殴っていく。
ペン先が紙をひっかく音だけが、やけに耳に残った。
書き終えた用紙を、机に伏せた瞬間。
「えっ、もう終わったの?」
長ったらしい話し合いが終わったのと同時に動いたのが、運の尽き。
めんどくせー問いに、俺は下がっていた口元を一切動かさない。
目のやり場を求めて頬杖をついた顔を窓側に向けると、そこにはあまりにも平凡過ぎる日常が広がっている。
四月中旬、昼下がりのやわらかな日差しの中。校舎横に並ぶ桜より、花びらがひらひらと落ちてきた。
たった二週間で散っていく薄紅の結晶は、これから始まるくだらねえ三年間を示唆しているようだった。
「ここ、漢字間違ってんぞ」
「マジか。やっべー」
「SNSで晒そっと」
「やめろって!」
左隣から聞こえる、ケラケラとした笑い声。うるせぇと怒鳴りつけたいが、仕方がない。
この授業は六人一組でグループを作って話し合い、それを元に小論文を書き、読み合い、代表が作品を発表するというダルイ仕様。誤字の指摘も授業の一環となるだろう。
回ってきた原稿用紙を渋々読んでみるが、半分も埋まっていない中身は当然薄く、どれも似たり寄ったり。
……舐めてんのか? っと一瞬過ったが、こいつらは物書きじゃねーし。これで充分だろ?
時間が経つにつれ、別のグループの奴らの読み合いも終わったらしく、どーでもいい話がポツリポツリと耳に入ってきて、うるさいったらありゃしない。
しかし、ざわつく空気の中、一人だけ違うリズムでシャーペンを走らせている奴がいた。
吉永未来だ。
ノートにびっしりとメモを書き込み、それを見ながら下書きを組み立てていく。
時折、髪が頬にかかると指先で耳にかけ直し、そのたびに、淡い花の香りが漂ったような錯覚が胸を撫でていく。
やっと完全したらしく、「ごめんね」と言いながら原稿用紙を回してくる。代わりにこいつは五人分の紙の束を受け取り、一から丁寧に読み始めた。
どうやら、手を抜くことを知らないバカ真面目のようだ。
その性格は文面にも出ているようで、原稿用紙に敷き詰められた文字は美しく、流れるような文章は自然と頭に入ってきて、読み手を惹き込んでしまうぐらいに洗礼した文章だった。
普段なら流し読みして終わるはずの俺さえ、最後の句読点まで目が離せなかった。
……なんだ、この感じは。
ガタッ。
俺が顔を上げる前に、音が鳴る前方。
そこには、授業中にも関わらず一人立ち上がり、こちらを見開いた目で凝視してくる、代表役という名の雑用係。
何だ? 当たり障りないことを、書いておいたつもりだったが、何が気に食わねーんだよ?
目を細めてガンを飛ばしてやったが、何故か先程のように通じなくなり、口を開けては閉じる異様な姿を見せつけられた。
何なんだよ、こいつ?
俺を見て呆けているかと思えば、発表する作品を選ぶことになった途端に、俺のを推してきやがって。
グループの四人が吉永未来の作品を選んだが、それを拒み、意味の分からねぇ御託を並べて、それこそ頼み込むように手を合わせ、何度も「お願い」と唱える。
「まあ、未来ちゃんがそう言うなら」
笑いながら簡単に折れるこいつらは、中学からの馴れ合いの関係らしく、一軍が言うことには二つ返事らしい。
この高校には、近所の中学の奴らの進学率が高いらしく、ほとんどが既に顔見知りで関係を築いている。
……ああ、俺だけが余所者。
輪の外にいる感覚は、靴の中に入った砂みたいに、いつまでもザラついて不快だった。
「次、五班」
「はい」
教師の声に立ち上がり、俺のくしゃくしゃな原稿用紙を広げる。書き殴った文面は、吉永未来の鈴を転がしたかのような可憐でやわらかい声によって美しく様変わりし、教室を静寂に包み込む。雑談していた連中まで思わず黙るほどに。
「これ、誰のだ?」
「藤城くんのです」
教師の問いに、こいつは間を開けることなく返答して、俺に目を向けてくる。
途端にクラス中の視線かま俺に集まり、教師まで前のめりになり、「文学について学んできたのか」と聞いてくる始末。
やめろよ。俺は三年間、何事もなくやり過ごすと決めているんだからよ。
「別に」
顔を背け、肺に溜まっていた空気を大きく吐き出す。
教師は「じゃあ次」と軽く流し、空気はすぐに元へ戻る。
ただ、クラスの奴らからの視線は、冷ややかなものに変わった。
……それでいい。これで俺に関わろうとする物好きは完全に消えただろうから。
先程まで見ていた桜は色を失くしたようにくすみ、木枝に付いていた花びらはより多く散り、残った枝は骨ばかりで淋しい。
唯一の拠り所を失った俺の視線は机に落ち、首に巻いてあるネクタイが首を締めつけるみたいに、より息苦しくしてきやがる。
閉じられた箱の中で窒息しそうになった頃、ようやくスピーカーから音割れしたチャイムが鳴った。
耳障りな音に、本日の授業が終わったことを告げられた俺は、教科書とボールペンを学生鞄ぶち込み、教室を後にする。
その後に行われるショートホームルームなど、ないものとして。