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その夜
王宮は地上の星をすべて集め
贅を尽くしてぶちまけたかのような、暴力的なまでの輝きに包まれていた。
巨大なクリスタルのシャンデリアが放つ光は
鏡のように磨き抜かれた大理石の床に幾重にも反射し
会場を埋め尽くす貴族たちの色とりどりのドレスや
胸元で誇らしげに主張する宝石をいっそうきらびやかに引き立てている。
乙女ゲーム『永遠のエンドロール』において、中盤の最大の見せ場となる王立夜会。
本来のシナリオであれば、ここでヒロインが王子との運命的な絆を深め
私──悪役令嬢クラリスは嫉妬と羨望に狂い、醜態をさらして周囲の軽蔑を一身に浴びる……。
そんな処刑台へのカウントダウンが加速するはずの舞台だ。
だが、今の私に
そんな救いようのない既定路線を気にする余裕など、一欠片も残っていなかった。
「……澪。そんなに緊張しなくても、大丈夫だよ。僕が、君のすぐ隣にいるから」
背後からそっとかけられた、甘く低いバリトンボイス。
ハッとして振り返った私の目は、そのあまりの「尊さ」に、一瞬で焼き切れてしまうのではないかと思った。
そこに立っていたのは、漆黒の夜会服を完璧に着こなしたヴィクターだった。
前世で描き殴った、あの完璧な正装。
金糸で緻密に刺繍された重厚なジャケットに、寸分の乱れもないフリルタイ。
そして、私を溺愛の炎で焼き尽くしそうな、獣を思わせる鋭くも深い金色の瞳。
月明かりの下でカチャカチャと音を立てていた「骸骨の紳士」の面影はどこにもない。
今の彼は、この会場にいるどの王族よりも美しく
誰よりも高貴な、「人間の男性」としての完成形がそこにあった。
(……やばい。無理。私の最推しが、正装して、目の前にいる…!メロすぎいいい!!!)
心臓が、耳元まで届きそうなほど早鐘を打つ。
前世の薄暗い部室で何度妄想したことだろう。
自分が生み出した最強の推しキャラにエスコートされ、舞踏会の主役になるなんて。
ヴィクターは、私がデザインした通りの、少し不遜で
けれどとろけるほど甘い微笑みを浮かべると
白い手袋に包まれた大きな手を、恭しく差し出してきた。
「さあ、行こうか、澪。今夜、君を世界で一番幸せな女性にすると誓うよ」
「……お願いするわ、ヴィクター」
私は指先の震えを隠すように、彼の差し出された腕にそっと手を添えた。
エスコートされる私の指先には
しっかりと、彼の腕の筋肉が持つ確かな熱と、骨ではない「肉」の硬さが伝わってくる。
(……温かい。骨じゃない……ちゃんと、人として生きている)
その事実に、鼻の奥がツンと熱くなる。
彼は、私がボツにして消し去った「未完の残骸」のはずだった。
けれど今、彼は私のために命を削るようにして魔力を注ぎ込み
完璧な「人間」のフリをして、私の隣を歩いてくれている。
私たちは、大広間へと続く大階段をゆっくりと下りた。
脳内には、私がこのシーンのBGMとして設定した
華やかで少し切ない旋律が自動的に流れ始める。
私の隣には、世界で一番美しく、世界で一番私を愛してくれる、最高の推し。
これこそが、かつての私が夢見た、どのルートにも存在しない最高のハッピーエンドに違いない。
(……でも。……何か、変ね)
階段を下りきり、大広間の中央へと進むにつれ
私の高揚感は徐々に、ある奇妙な違和感へと塗り替えられていった。
これほどまでに目を引く完璧な骸骨ヴィクターと、悪役令嬢として有名な私、クラリスが並んで歩いているのだ。
本来なら、周囲の視線は鋭い矢のように私たちに集中し
令嬢たちのヒソヒソ話や、王子の嫉妬深い刺すような視線が飛んでくるはずだ。
けれど、周囲の貴族たちは───
私たちがすぐ横を通り過ぎても
まるで風が吹いただけかのように、誰一人としてヴィクターの方を見ようとしない。
それどころか、まるで私の隣には「誰もいない」かのように
私一人に対してだけ、「クラリス様、本日は一段とお美しいですね」と、虚空を無視して声をかけてくるのだ。
「………ヴィクター、待って。ねえ……」
私は耐えきれず足を止め、隣に立つヴィクターを見上げた。
彼は、変わることのない、優しく甘い微笑みを私に向けたままだ。
「どうしたんだい、澪? 顔色が悪いよ。喉が渇いたかな?」
「……ねえ、ヴィクター。変よ。皆、貴方のこと、まるで見てないわ。私にしか声をかけてこないし、貴方の存在を、皆が無視しているみたい……」
私の震える問いに、ヴィクターは、ふっと……
少し寂しげな、けれどすべてを悟りきったような、諦めの混じった微笑みを浮かべた。
「おや。気づいたのかい?」
彼は、エスコートしていた腕をそっとほどき
私の頬に、熱を帯びた大きな手を添えた。
「僕が見えるのは、この世界の創造主である、君だけなんだ」
「……え……?」
その告白に、私は心臓が凍りつくのを感じた。
「僕は、この世界の『シナリオ』という名の牢獄の外側にいる存在。だから、この世界に生きる人々───プログラムされたNPCたちには、僕の姿も、僕が奏でる骨の音も……僕という存在のすべてを、認識することができないんだよ」
ヴィクターは、逃げ場を奪うような強い視線で、私を真っ直ぐに見つめた。
「君が淹れてくれた紅茶をこぼしたとき、君は『喉がないから』と笑ったね。……でも、本当は違うんだよ、澪」
彼は、金色の瞳を寂しげに細め、会場を埋め尽くす人々を冷ややかに見やった。
「僕は……この世界に、最初から『器』を持っていないんだ」
「うつ、わ?」
「そうさ。僕が今、こうして美しい人間の姿をしているのは、君が僕に『こうあってほしい』と願った、そのイメージを───僕の魔力で無理やり具現化して、維持しているだけなんだよ」
「……っ!」
その残酷な事実に、私は息が止まりそうになった。
私の横を、楽しげに笑う令嬢たちが通り過ぎていく。
彼女たちのドレスの裾がヴィクターの脚をかすめても、彼女たちは何かに当たったことすら気づかない。
完璧な装い。
甘い微笑み。温かい肌。
その全てが、私の我儘な理想を
彼が身を削るような苦痛を伴って形にしていた
たった一人への奉仕───
偽りの人間の姿だったのだ。
「……ご、ごめんなさい。ヴィクター…!私が……私が、貴方をこんな、誰にも認められない不完全なままにしてしまったから……っ!」
「謝らないでくれ、澪」
ヴィクターは、私の瞳から溢れ出した一粒の涙を、親指の腹で愛おしそうに拭った。
「僕は、君の隣を歩けるだけで、この世界の誰よりも幸せなんだ」
「たとえ、この世界の神にも、民にも映らなくても。…君さえ、僕を見ていてくれれば、それだけで僕は存在できる」
彼は、再び私の手を優しく
離さないという執念を込めて引き寄せ、エスコートし始めた。
「ほら、踊ろうよ澪。……この世界の誰も知らない、僕たち二人だけの、新しいエンドロールのために」
王宮の夜会。
豪華なBGMが鳴り響き、色とりどりのドレスが万華鏡のように舞う中。
私は、誰の目にも映らない
死の香りと偽りの愛をまとった推しと、孤独で凄惨なほどに美しいダンスを踊り始めた。
それは、乙女ゲーム『永遠のエンドロール』のどのページにも記されていない。
残酷で、けれど骨の髄までとろけるほどに甘い
世界への叛逆のワルツだった。