テラーノベル
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分かっていた。分かっていて署名したのだ。それでいいと思ったし、その方がいいと思ったから。 なのに今、何だか棘のように心になにか引っかかっているような気がするのはどうしてだろう。
契約なんて言われて美冬も割り切ってしまえばいいのに、チクリと痛むなにかがあるのは。
──契約でも可愛いとか、滾るとか言ったり、優しくするとか良くするとか言うんだ。俺だけとか……。
唇が重なると胸がドキドキする。
気持ちよくてきゅんとするのだ。
ベッドの上で重ねてくれている手も、情熱的に美冬の口の中をまさぐるその舌も、柔らかく美冬を傷つけないように触れる手も美冬は全てに翻弄されてしまうのに。
脱げかけた服の隙間から見えている槙野の肌に、美冬の鼓動の音はさらに大きくなる。綺麗に筋肉が薄らとついていて、引き締まった腹筋がシャツの隙間からちらりと見えていて美冬はどうしたらいいのか分からなくなった。
──男の人、なんだ……。
急に恥ずかしくなってつい、美冬は自分の身体を隠したくなってしまった。
「ん?どうした?」
隠したその手を握られて腕を開かれる。
手首から、肘の裏、二の腕までキスをされて服を着れば見えないところは強く吸われた。
「……んっ、あ……跡ついてる」
「うん。キスマーク。美冬の肌はすごく白いから赤い跡がすごく映える。興奮する」
「興奮するの?」
「すげー、する。美冬は綺麗だし、スタイルもいい。着痩せするんだな」
「それ、服を脱いだら実際はもっと太ってる……とか」
「ばぁか、違うよ。思ったより胸が大っきいなってこと」
くすくす笑って槙野は美冬の胸元にもキスをして、その痕跡をつけてゆく。
エッチするのってこんなに生々しくて、いやらしいというか、隠微な雰囲気になるものなのだろうか?
美冬には経験がなさすぎて、戸惑うばかりだ。
「ね、恥ずかしい……よ」
「まだなんもしてないのに、感じすぎ」
「してるよ、いっぱい触ってるじゃない。そっ……それに、跡までつけてる」
「してない。いちばん感じそうなところにはまだ触れてもない」
いちばん……。
「美冬だって喋るほどに余裕があるだろう?」
どういうことだろうか?
美冬はさらにドキドキしてきてしまった。
「いっぱいいっぱいだ……よ?」
「余裕だろ」
美冬の胸元でニッと笑った槙野の目が真っ直ぐに美冬を射抜いて、その口元がぺろっと軽く自分の唇を舐める。
そんな槙野の仕草に美冬はどくんと大きく心臓が跳ねたのを感じたのだ。
「本当に感じまくったら、そんな話す余裕なんてねぇぞ」
「それって……どういう……」
「そうなりたい?」
美冬は完全に肉食獣にロックオンされた子うさぎのような気分で、蛇に睨まれた蛙も同然なのだった。
話す余裕がないってどういうことなの?
美冬は涙目になって、首を横に振るので精一杯だ。
くっ……と声を漏らした槙野が美冬の胸元にうつ伏せて肩を揺らしている。
か、からかわれたっ!!
「もうっ! からかったのね」
「肩の力が抜けただろうが。たくさん感じればいい。そうさせたいし、俺は美冬としかしないし美冬も俺としかしないんだ」
慣れているのかもしれないけれど、槙野はさっきから自分に正直なことしか言っていない。
槙野には嘘はないのだ。
だから、美冬も正直に伝えてみた。
「あのね……怖いの。初めてだから、とても怖い」
それでも、夫婦になるのだし避けて通るつもりはない。
「それに、慣れていないから祐輔を満足させられないかも」
「美冬が? 俺を満足させるの? へーえ……そのままでいろよ。物慣れない方が滾るってこともある」
槙野がそっと美冬の頭を撫でる。
その瞳は先程までとは違って慈しむような優しい瞳だった。
「美冬は意外と気遣いする方だよな。そういうところもいいなって思う。怖かったら最後まではしない。でも、俺は美冬に触れたい」
「でも、それじゃ……」
「美冬が感じてくれたら、すげー満足すると思うけど」
処女を俺のテクニックでガンガンイカせるって良くない? とにやりと笑うので、美冬はまたぺしっと肩を叩く。
「そうやってすぐからかって!」
そうしたら真顔でその手を掴まれた。
「なぁ? いつもそんな風に気軽に男に触れんの?」
「え?」
美冬は首を傾げる。
叩きたくなるくらい腹が立つのは槙野だけだと思うし、そう言えば他の誰にも美冬はそんなことはしたことがなかった。
「そう言えば……誰にもそんなことしたことないわ。なんでかしら」
たぶんとってもムカつくからだわ。
「そう言われると複雑ではあるが、俺以外にはやるなよ?」
「どうして?」
「誤解する男が出てくるかもしれないからだよ」
美冬はくすくすっと笑った。
「まさかぁ、そんなのないわよ」
「美冬は可愛いよ。それは少しは自覚したほうがいい」
槙野が正直なのは分かっているけれど、さっきから言われている可愛いって、果たして本当のことなんだろうか?
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