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第四章
瑠夏ちゃんが出ていった控室は急に静かになった。
私はまだ熱い唇に指を当てて、さっきの感触を反芻していた。
五分もしないうちに——
「あれ、ここ誰もいないの?」
他クラスらしき男子が二人、覗き込んできた。
「うわ、めちゃくちゃ可愛いじゃん。ねえ、一人?ちょっと遊ばない?」
軽薄な笑みを浮かべて近づいてくる。
「私、彼氏待ってるの………ごめんね?」
「えー、またまた。彼氏とかいねーでしょ」。
「いいからさ、ちょっとだけ。」
一人がさらに一歩踏み込んだ。私と男子の距離が縮まっていく。
「――何してんの。」
冷えた声。控室の入口に瑠夏ちゃんが立っていた。放送から戻ってきたにしては早すぎる。
「あ、いや別に――」
全く笑っていない目で瑠夏ちゃんは男子を見据えた。
「私の彼女に何か用?」
「る、瑠夏ちゃん!」
――「私の彼女」。
瑠夏ちゃんの唇からその言葉が自然にこぼれたことに、瑠夏ちゃん本人も一瞬驚いた顔をした。
だがすぐに表情を引き締め直す。
「え、マジ?女同士で……?」
瑠夏ちゃんが無言で一歩前に出る。
169センチの長身が男子二人を見下ろす形になった。整った顔に浮かぶ無表情は迫力がありすぎた。
「……行こうぜ。」
男子たちは足早に去った。
ふう、と瑠夏ちゃんが息をついて私の前に立った。
「……大丈夫?」
瑠夏ちゃんが確認してから、急にはっとした顔になった。
「……今、変なこと言った。」
「瑠夏ちゃん、わ、私と付き合――ッ、」
瑠夏ちゃんの人差し指が私の唇を塞いだ。
「……順番。」
静かな、でも有無を言わさない声だった。指を下ろして、まっすぐ私の目を見ていた。
「私から言う。……ずっと、言えなかっただけだから。」
瑠夏ちゃんの右手が私へ伸びた。手のひらを上に向けて。
「私と付き合って。――もう離さないから。」
「はい!」
私がその手に飛びつくように指を絡めた瞬間、
——瑠夏ちゃんの顔がくしゃっと崩れた。
「―――ッ、」
泣き笑いのような、見たこともない顔。
天宮瑠夏という完璧な少女の鎧が全部剥がれ落ちて、ただの恋する女の子がそこにいた。
繋いだ手をそのまま引いて、私を胸の中に閉じ込めるように抱きしめた。
「……ずっと怖かった。好きって認めたら、いつかナナを傷つけるって。」
控室に西日が差していた。埃がきらきら舞う中、遠くから文化祭のフィナーレを告げるアナウンスが響いている。
瑠夏ちゃんが私の耳元で囁いた。
「……もう逃がさないよ。」
私は何か言おうとして、
——声にならなかった。代わりに瑠夏ちゃんの制服の裾をきゅっと握った。
頭の上から、くすっと笑う気配がした。
「……返事、服掴むのでいいの?」
からかうような声だが、腕は緩めない。むしろ私を抱く力は強くなる一方だった。
瑠夏ちゃんが少し体を離して、私を見下ろす。瑠夏ちゃんの夕日に照らされた瞳が金色に透けていた。
「――帰ろ。今日はもう。」
実行委員の仕事なんて、もうどうでもよかった。片付けは明日の自分に任せればいい。
瑠夏ちゃんは私の鞄を勝手に持ち上げ、空いた手でしっかりと指を繋ぎ直した。
歩き出しながら、ちらりと横目で、
「明日から覚悟してね。……私、独占欲強いから。」
「へ?」
――私、独占欲強いから。
ドクセンヨクって、あの「独占欲」だよね?
明日から何を覚悟しておけばいいの ――!
瑠夏ちゃんがぎゅっ、と私の手を強く握った。
「……聞こえなかった?もう遅いよ。」
校門を出ると秋の風が二人を包んだ。夕焼けが空をオレンジに塗り替えている。
繋がれた手はどちらからも離される気配がない。
しばらく黙って歩いてから、
「……ねえ、ナナ。」
立ち止まった。人通りの少ない住宅街の角。街灯がチカチカと点滅して、やがて灯った。
「ん、なに?」
街灯の明かりの下、瑠夏ちゃんが私を正面に見据えた。
「……さっき「はい」って言ったよね。」
瑠夏ちゃんが一歩、距離を詰めた。
「取り消し不可だから。」
そう言って、私の首筋に顔を埋めた。髪が肌をくすぐる。そして、
——カプ、と小さな歯の感触。
瑠夏ちゃんが首元に唇をつけたまま、
「ん……ここ、私の。」
噛み癖。本能のようなものだった。マーキングするように、じわりと痕を残す。
「……な、何して…///」
首から顔を離して、うっすら赤くなった跡を見つめながら
「……マーキング。」
瑠夏ちゃんは全く悪びれもしない。
私唇を瑠夏ちゃんが指先でなぞっている。
「足りない。……もっとつけていい?」
「無性愛」だったはずの少女の瞳に、今はっきりと熱が宿っている。