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第八話 コアなファンは、静かに、しかし確かに生まれる
原稿は締切の朝、ぎりぎりで完成した。
送信ボタンを押した瞬間、全身の力が抜けた。達成感というより、執行猶予が延びたような気持ちだった。先生はそのタイミングでキーボードの前を横切り、危うく未送信の下書きを消しかけた。最後まで油断ならない。
新田から返信がきたのは、その日の夜だった。
『受領。今回は前よりずっといいです』
たったそれだけの文面を、僕は五回読み返した。新田の“ずっといい”はかなり大きい。真紀に見せると、彼女は両手を上げて小さく万歳した。そのささやかな喜び方が、涙が出そうになるほど嬉しかった。
刊行が決まるまでには、さらに修正が何度も入り、帯の文句で揉め、タイトル候補を二十個出して十三個却下され、表紙の色でも議論した。出版というのは、作家がひとりで世界を作る仕事だと誤解されがちだが、実際にはたくさんの他人の現実が折り重なって一冊になる。
本が出たのは、初夏だった。
タイトルは『猫は原稿を読まない』。
最初それを聞いたとき、僕は少し気恥ずかしかった。あまりにそのままだ。しかし新田は「そのままだからいいんです」と言い切った。帯には、**“笑っているうちに、どうしようもなく沁みる”**と書かれた。僕はそういうコピーを自分の本に付けていい人間なのか疑問だったが、真紀は「ぴったり」と言った。
初版部数は多くなかった。
大ヒットにはならなかった。
書店で山積みにもならなかった。
けれど、不思議なことが起きた。
読んだ人の感想が、ゆっくりと、しかし確実に広がっていったのだ。派手なバズではない。誰かが誰かに勧める、小さな熱の連鎖だった。
“猫がかわいいだけじゃなく、夫婦の生活が痛いほどリアル”
“売れない創作者の惨めさと可笑しみが刺さる”
“読み終わってから自分の台所が少し愛おしくなった”
“この作者、今まで読んでなかったのを後悔した”
コアなファン、という言葉を新田はよく使った。
大量の読者ではない。けれど一度掴んだら離れない読者。新刊が出たら必ず買い、感想を書き、友人に勧め、この作家には自分が必要だと思ってくれるような読者。その輪郭が、初めて見えた。
ある書店では、手書きのポップが付いた。
“うまくいかない大人にこそ読んでほしい一冊。猫は自由、人生は不自由、それでもご飯はおいしい。”
その写真を真紀が見つけて、泣きながら笑った。
「ほら」
「うん」
「ちゃんと届くんだよ」
「うん」
「よかったね」
「……うん」
僕はその夜、ほんの少しだけ泣いた。
真紀に見つからないように風呂場で泣いたが、たぶん気づかれていたと思う。
先生は相変わらずだった。
本が出ようが、感想が増えようが、印税の明細が少しだけましになろうが、何ひとつ態度を変えなかった。朝は真紀に餌をねだり、昼は窓辺で寝て、夜は僕の資料の上で香箱を組む。サイン本を作るために机を片づけても、その真ん中に当然のように座る。
「先生、どいて」
先生は動かない。
「お前のおかげで売れたみたいになってるんだから、ちょっとは協力しろよ」
先生は欠伸をした。
真紀が笑う。
「たぶんそう思ってるよ」
「何を」
「自分のおかげだって」
「腹立つな」
けれど、少しだけ本当にそうかもしれなかった。