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「どうして……光貴、ラ、ラジオは……?」
現在午後九時半を過ぎたところだったはず。いないはずの光貴が自宅に戻ってきたために言葉に詰まった。全く想像していなかった出来事に遭遇して頭が真っ白になり、言い訳のひとつも思い浮かばない。
サファイアの出演する生放送のラジオ番組の収録があるはずなのに、いったいどうして?
光貴が玄関に踏み込んだ。彼の手によって扉が閉められたので思わず後ずさる。
大きく鈍い音と共に鍵が施錠されて電子音が響く。まるで広い新居に閉じ込められた気分になった。
「自宅に戻っただけで、なんでそんなに驚くん?」
喉の奥になにかが張り付いているかのようで、まったく声がでなかった。
「嫁さん(りつ)が、旦那(ぼく)の留守を狙って自宅へ男を連れ込んでいる時、逢引のチャンスになるようなラジオ収録に行けると思う?」
やっぱり光貴は気づいていたんだ。私と、博人のこと…。
「君の様子もおかしいし、もう今後一切律に近づくなってあの男に言おうと思って夕方、君と別れた後に大栄へ行ったら、新藤さんはもう辞めたとか言われたから、僕の留守中に二人は必ず逢うって思った。だからラジオは休ませてもらった。だから収録には行ってない」
「――っ!」
「君はおっちょこちょいやから、インターフォン鳴らしたら確認もせんと出てくると思ったら、案の定や」
ドンッッ
光貴の拳が玄関の壁を叩いた。「それより説明しろよ! あの男と、一体ドコへ行くつもりやった!? なあっ、律っっ!!!!」
光貴のこんな剣幕、初めて見た。
いつも穏やかで、優しい光貴が、怒りの形相で私を見つめている。
ああ…私たちの罪が、最悪の形で光貴に知られてしまった。
「ご…ごめんなさい……」
堪らずに俯いた。
「謝ってなんかいらん!! いつからや? いつから僕を裏切って……あの男と――」
言葉にするのが辛いようで、光貴の方が唇を噛みしめて堪えている。
肩を奮わせ、まるで泣いているかのように。
暫く沈黙が続いた。
私がなにも答えないから、光貴の方から話を切り出した。
「見たんや」
「見たって…なにを……」
「昨日、律が気に入って買ったソファーで、新藤さんとヤッてたやん」
「うそ…」思わず息を呑んだ。
背筋が冷たくなった。
あんなに酷く乱れる場面、光貴に見られていた――それで、気づかれた?
知っていて
それでもまだ私を愛そうとして
今朝…あんな風に私を抱いたの――?
光貴の胸の内を想うと息ができないくらい苦しくなった。
愛する伴侶の裏切り行為を目撃した上でなお、罪を赦してやり直そうと思って、まるごと愛してくれたのだという事実。
愛しているという言葉も。
触れ合おうと努力してくれたのも。
裏切りを知った途端にもっと怒って、責めて、責めて、酷く罵ってくれたらよかったのに。
それなのに、まだ私を愛そうと努力してくれた彼に、
私はなんて酷い仕打ちをしようとしていたのだろう。
あなたを捨てて、出て行こうとしていた――