テラーノベル
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―とある病院の一室。
「実は、お伝えしたいことがあって…」
「何でしょう?」
「…その…ですね…少し現実的ではないのですが…私、ハヤテ君とアキラさんに会ったんです。寝ている間に」
「…寝ている間に?それはどういう…?」
「それが私もよく分かっていないんですが、生と死の間のような世界で会うことができて…」
「うん」
「二人と沢山話をして、そうしたらアキラさんも私を許してくださったんです。私がこっちにいられるのは、アキラさんのおかげなんです。それで……その…つまり何が言いたいのかというと、ハヤテ君は…息子さんは、必ず帰ってきます!アキラさんがついてるから」
「……そうですか」
彼女はそう言って微笑んだ。
私の罪は消えることはない。でも私は、その笑顔に救われた。この家族のおかげで、生きてて良いって思えた。
だから私は信じてる。必ず、あの子は目を開けるって。
✳︎ ✳︎ ✳︎
―とある小学校の教室。
賑やかな雰囲気の漂う校内にチャイムが鳴り響き、眼鏡をかけた男性教師が今日もドアを開ける。
「はーい皆、朝の会始めるぞ〜」
一人の男子児童が口を開く。
「先生!今日もハヤテ君休みですか?」
「だから、ハヤテさんは少し病気にかかっていて、入院しているんだ。学校に来るまではもう少しかかるかもしれないな」
「へえ〜」
「もし帰ってきたら、皆で出迎えてやろうな。はい、じゃあ出欠とりまーす」
―僕は頭がいい。だからこそ分かる。先生は嘘をついている。僕の問いかけに対して明らかに何かを隠している。
今まで僕達は彼に過度ないじめを繰り返してきた。どこをとっても酷いことばかり、だ。
クラスの皆がそれに参加する中、僕は止めようにも止められず、圧力に流されてしまった。
あの日、僕が皆を止めていれば、今日も彼は登校していたのだろうか…
そんな思考が、とある男子児童の頭に流れ続け、いつのまにか授業は終わっていた。
昼休み、男子児童はクラスの全員に向かって口を開く。
その顔は、これまでの迷いを含んだ表情とは全く違ったものだった。
「あのさ皆、ハヤテ君にさ…謝ろうよ!」
✳︎ ✳︎ ✳︎
そして数日後、僕は目を覚ました。あの壁の向こうに色々なものを置いて。
母さんは病院からの連絡の直後、とてつもない速さで到着し、僕のベッドに顔をうずめて泣きじゃくった。それを見ていると、自然に僕の目にも涙の粒が溢れてきた。
当時の僕は、あの世界での出来事をあまり憶えておらず、霧に包まれたような記憶が見えては消えた。
医者によると、昏睡状態の時の僕は、呼吸・心拍に異常は見られなかったものの、大脳に損傷があり、助かるかわからない状況だったらしい。
しかし目を覚まし、再び検査をすると、不思議と脳の損傷は跡形もなく消えていた。
今思えば、僕が生きていくために足りないピースを父さんが加えてくれたのかもしれない。
それから3ヶ月間リハビリ、カウンセリング、検査を繰り返し、ようやく復帰を果たした。
その後、ナツミさんとも話した。今生きている人間で唯一、同じ体験をした人物だ。
記憶が曖昧だった僕も、ナツミさんの話を聞いて、鮮明に思い出すことができた。
現世とあの世の境目。二つの壁によって隔てられ、緑豊かな草原や丘が広がっていた。
死に直面したことを認られない残留人が行く世界。
あの世界は一体なんだったのか、僕達は知る由もない。
まあ真実なんて別にどうでもよいのだが…
学校に復帰する前の僕は、「また苦しい日々が続くのか」と不安しかなかったが、予想していなかったことが起きた。
いじめっ子達は僕に謝罪をしたのだ。そして、僕と沢山話をしてくれた。
その中で、僕達はお互いに理解し合い、認め合い、時間をかけて友達になれた。
どうやらいじめの主犯格である子には、家庭環境にわだかまりがあったらしい。だからっていじめを許す気はないが、理由があったことが分かった。
きっとそうやって認め合えば、人間はもっといい生き物になれる。どんな過去だって乗り越えられる。だから、もう大丈夫だ。
こうして、僕は『正解』と呼べるものを見つけた……気がする。
父さんにも見せてあげたかったな。いや、父さんのことだから、きっと見てるでしょ?
父さん。僕、16歳になりました。おかげさまで、今を生きられてます。僕が生きる意味、ちゃんと見つけていくから。
僕は仏壇に向かって手を合わせ、心の中で話しかける。何故かその時だけは、父さんと繋がれる気がした。
数日後。
下校してきて、家のドアの前に立つ。
夕日の光が差し込む中、ドアハンドルを握り、ドアを開けた。
「ただいまー」
「おかえりハヤテ!」
母は今日も元気だなぁ。僕は学校で疲れきってついてけないや。
僕は2階にある自分の部屋に入り、吸い込まれるようにベッドに寝転がった。
いつもふとした瞬間に、あの世界での出来事が浮かんでしまう。
もっと自分にできることはなかったのだろうか。結局、僕は父さんに終始迷惑をかけてばかりだった気がする。
そんな思考が頭の中にぐるぐる巡って、行き場を失っている。
すると、母が部屋のドアをノックし、いきなり入ってきて言った。
「ハヤテ。これ、応募してみたら?」
母が持っているチラシに書いてあったのは、
「高校生小説コンクール開催決定! ジャンルは不問!あなたの頭の中にある物語を、今こそ作品に昇華させよう!」
というものだった。
「ハヤテ、小説家になるのが夢だったでしょ?こういうのピッタリじゃん!」
「ふーん……」
…もしかしたらこれはチャンスかもしれない。今自分の中にある「もや」を、物語という形にすれば消化できるのではないか。
悩みは言葉にすると楽になるというし。うーん…やってみるか。
僕は短編小説を書いてみることにした。僕が実際にあっちで体験したことをもとに、物語にしてみる。
そうすることで、自分の中にあるものを吐き出すのだ。
タイトルは、「向こう側」「〜を超えて」や、「〜の終わり」という意味を持つ英単語。
……「OVER」、にした。
OVER 第九章 『生きていくこと、その意味。』 完
コメント
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次回、最終話です。よろしくお願いします🙇