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ボクは今、ある本屋に立ち寄っている。
時々、何も考えず本屋に立ち寄ってしまうことがあるのだ。
ただただ本達を眺めているだけで気持ちが落ち着く。
本の匂いが、ボクに平穏と安心をくれる。それだけでボクは救われるのだ。
読みたい本だけがどんどん増えていくのだが、生憎ボクは読むスピードが遅い。だから気になった本全て読み終わるのには、恐らく何年もかかるだろう。
でもそれがいいのだ。本という媒体は、ボクの興味をどうしようもなく引き寄せる。
本を好きになったのは、ボクが高校に入学した時からだ。
ボクは中学では割と?まあそこそこうまくやれていた。友達もいたし、凄く楽しかった。
でも高校に入学してからというもの、何一つうまくやれていなかった。友達なんてできやしなかったし、正直言ってなんだか面倒くさかった。
悩みに悩んで決めた高校で、勉強を頑張らなくて何をするんだ。別に高校で友達ができなくても、ボクには中学の時の友達もいるし。
そう思っていた。だからボクはクラスの人に話しかけることも話しかけられることもなく、昼休みは一人で図書室で自習をして過ごしていた。
そんなこんなで孤独になったボクは、毎日図書室に通っては勉強をし、いつのまにか図書館が纏うその独特な空気が好きになった。
静かで、本達の香りがして、なにより、落ち着く。一人だからこそいい。
そう思っていたある日、
「ねえ、君さ。本好き?」
突然、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには、小綺麗で若い女教師がいた。
「え、えっとー……本…ですか?」
「そう、本だよ」
「え?あーまあほどほどに…」
「ふーんそうなんだ。君、いつも図書室にいるから、本が好きなんだと思ってた」
「まあ図書室はこの学校の中で一番集中できる場所なので。騒がしいのは好きじゃないんです」
久しぶりに学校で会話をしたような気がする。その女教師は丸眼鏡をクイッと上げ、笑顔を浮かべながら続けた。
「じゃあせっかくなら、本読んでみない?ほら、これなんておすすめだよ」
そう言って、一冊の小説を渡してきた。正直、そこまで興味はないのだが……
「あ、ありがとうございます。読んでみますね」
それからというもの、図書室へ行くたびにその教師―『木村アヤネ』先生はボクに話しかけてくるようになった。
一度「読んでみる」と言ってしまったため引くに引けないまま、ボクはその本を読んでみることにした。
―それは、ボクの中にある世界を大きく変えた。
その本には文字しか書いていない。それなのになぜ、情景や心情が伝わってくるのか、まず疑問に思った。
ボクだって一度も本を読んだことがないわけではなかった。でも、文字がこんなにも面白くなるなんて知らなかった。
なんで……なんでこんなに感動してしまうんだろう。
ボクはその小説を一日のうちに読み終えてしまった。
翌日。
今日もボクは図書室へ行った。でも勉強のためじゃない。
ドアを開けると木村先生がすでに座っていた。
「お、こんにちは。その本読んでみた?」
そう聞かれた時、ボクの口からは自然と言葉が出ていた。
「はいっ!この小説本当に面白いですね!他にもおすすめないですか?」
そう言うと、彼女は驚いた表情をしていたが、眼鏡をクイとあげ、ニヤリとした表情で言った。
「ふふ。いいよ。教えてあげましょう!」
こうしてボクは本が好きになった。先生からもおすすめの小説を沢山教えてもらった。
ボクは本に人生を変えてもらったんだ。
一人で完結できるその媒体は、ボクにとっての希望で、ボクはそれらに救われていた。
そしていつのまにか、先生が学校で唯一気を許せる存在になっていた。
そんなある日、いつも通り図書室で勉強をしていたボクは、木村先生に質問した。
「先生が本を好きになったきっかけってなんだったんですか?」
すると、向かいの席に先生は座り、話し始めた。
「私ね、小さい頃はあんまり本が好きじゃなかったの」
「どうしてですか?」
「実はね…私の父は小説家なんです」
「え?じゃあ本も出版されてたんですか?」
「ええ、この図書室にもある。だからこそ父は執筆で忙しくて。なかなか私に構ってくれなかった。だから私は父も、本も、嫌いだったんです」
「へえ…そうだったんですか…」
『先生の父親は小説家だった』というのは驚いた。そのまま先生は続けた。
「で、私が本を好きになったのは中学生ぐらいかな。友達の勧めで読んだ本を読んだら、私は何故だか凄く感動しちゃって。まあその本、父の書いた本だったんだけどね。」
「え!そんな奇跡あるんですね」
「ええ。私も『嘘だ!』って最初は思いました。でもそこでようやく父の凄さが分かった。もしかするとそういう運命だったのかも」
「それで先生は本を読むようになったんですね」
「まあ、そうですね。それからは父の作品に対する見方が変わって。一つ一つの言葉の重みが生まれた気がしたのよ。そういう風に、小説といえどその重みは、人によっては計り知れないものになっていくんです。そういうところも、私が本を好きな要因の一つですかね」
言葉の重み…か。ボクにとっては救いであったけれど、先生にとってはもっと違うものなのだろう。多分ボクにはまだ分からない重み。
「だから君も、重みを大切にしなさい。本への重み。勉強への重み。家族への重み。友人への重み。人生の重み。それらは生きていくにつれ、変化していくわ。今の価値観の天秤で、よーくじっくり向き合って。そして進みたい方向へ進みなさい。父の書いた小説にはこんな言葉があったの。
『この「壁」は妨げではない。私が私に問うているのだ。前進か後退かを。』って。これは私の人生で大切にしてきたこと。あなたにもあげるわ」
そう言って、木村先生は一冊の本をボクに渡した。そこで、下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。
それからしばらくして、木村先生は別の高校へと異動した。
あの先生の言葉は、ボクに何を伝えたかったのだろうか。
先生から渡された本も読んだが、世界観が難しく、イマイチ面白いとは思えなかった。しかし、執筆者の情熱がなんだか文字に乗って伝わってくる感じがした。
あまり人気の本でもなく、その作家のデビュー作らしい。ファンの間では隠れた名作と呼ばれている。
その作家自体は本屋大賞もとったことのある、とても有名な作家だった。
名前は、「木村 颯天」。
デビュー作の名は「OVER」。
これが先生の父親なのだろうか…?
ただ、先生が残してった重みだけがボクの中にはあった。
こうしてボクは今日も本屋に訪れ、答えを探す。
ボクの重みは何処にあるのか。何処に置くべきなのか。
そんな時、本屋でとある広告を見つけた。
「『高校生小説コンテスト』…?」
これから先もボクは人生を駆けていく。
どんな壁にも構っている暇はない。
それがボクの本への重み。
答えはきっと人生を越えた先にある。
ボクの物語は誰にも止められないんだ。
これからもペンは走り続ける。