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K-Takasaka
153
#K-T
#スクラッチャーズ
#異世界転生
K-Tの存在が忘れられていることは、時間が経つほど明らかになった。
スタジオの契約書には、利用者が五人しか記録されていない。
過去のライブ会場へ問い合わせても、担当者は首をかしげた。
「スクラッチャーズは五人組ですよね?」
「六人だよ!」
メバルは受付で両手を握りしめた。
「ドラムのKさんがいるの!」
受付の女性は、メバルの後ろを見た。
K-Tは、そこに立っている。
黒い服。
無表情。
手には古いガラケー。
だが、受付の女性には何も見えていないらしい。
「後ろには、誰もいませんが」
「いるってば!」
「メバル、落ち着け」
K-Tが言った。
「Kさん、そこにいるよね?」
「いる」
その声を聞いても、受付の女性は反応しなかった。
K-Tの声さえ、彼女には届いていないようだった。
マサカゲが話を進める。
「今日のライブに、急きょサポートドラマーを追加したい」
「出演者名簿には、五人しか登録されていません」
「当日変更で対応できるか?」
アオノが端末を差し出した。
「ドラム担当が急きょ欠席したという記録を作成した。手続き上は追加可能」
「アオノちゃん、記録を作ったって言い方が怖いよ」
「事実を整理しただけ」
「整理の仕方!」
会場スタッフは、もう一度K-Tを見た。
「経験はありますか?」
「ある」
「所属は?」
「スクラッチャーズ」
スタッフは名簿を確認する。
「正式メンバーではないようですが……」
「当日決定のサポートだ」
K-Tが言った。
「分かりました。急場しのぎですが、お願いします」
こうしてK-Tの出演は、ライブ当日に決まった。
本当は、K-Tは最初からスクラッチャーズのドラム担当だった。
練習も、作曲も、ライブも、すべて最初から六人で行っていた。
しかし世界の記録の中では、彼は突然現れたサポートメンバーにすぎない。
「Kさん、本当は正式メンバーなのに」
メバルが言った。
「演奏できればいい」
「でも、ポスターにも名前がないんだよ」
「問題ない」
「問題あるよ!」
「顔を知られたくないんだから、名前が目立たなくてもいいんじゃね?」
カキが口を挟む。
メバルは振り返った。
「それと、存在を忘れられるのは別問題なの!」
K-Tはステージの裏を見た。
ライブでは、日常写真のように顔へ手書きの線を描くことはしなかった。
映像に線を描き込めば、K-Tの意思で顔を隠したことは分かる。
だが、今回のライブ映像には、最初から顔を見せない演出を使う。
K-Tの立つ場所には、ステージ後方から強い光を当てる。
観客の正面からは照らさない。
メバルたち五人には、正面と上方から明るい照明を当てる。
K-Tだけは、背後の光に包まれる。
観客に見えるのは、身体の輪郭と、激しく動くドラムスティックだけ。
顔は黒い影の中に沈む。
「Kさん、今日はもじゃもじゃを描かないんだね」
メバルが尋ねた。
「ライブ映像には加工しない」
「え?」
「照明で顔を見せない」
「なるほど。日常写真は手書きのもじゃもじゃ。ライブはシルエット」
「そういうこと」
「でも、動画に顔が映らないように、カメラの位置も確認しておいたほうがいいよ」
アオノが端末を見せた。
「正面カメラは使用しない。横方向のカメラも、顔が黒く潰れる位置に固定する」
「準備がすごい……」
「必要な処理だ」
ライブが始まった。
メバル、カキ、マサカゲ、ミステー、アオノの五人が先にステージへ出る。
観客は、いつもの五人組ライブだと思っている。
最初の曲が始まった。
しかし、ドラムの音は打ち込みだった。
スクラッチャーズの曲には、いつもK-Tの生演奏がある。
その音がないことで、会場には妙な違和感が漂った。
曲の中盤、前方の照明がすべて落ちる。
ステージ奥から、強烈な白い光が差した。
光の中心に、K-Tの姿が浮かび上がる。
顔は完全な闇の中にある。
身体の輪郭だけが白い光に縁取られ、ドラムスティックが細い線のように動いている。
会場がざわついた。
「誰?」
「サポートドラマー?」
「顔が見えない!」
K-Tは何も言わず、ドラムセットへ向かった。
そして、いつものルーティーンを始めた。
スネアを一度。
タムを一度。
ハイハットを三回。
最後にシンバルを一度。
カン、カン、カン。
メバルの手が止まった。
カキが顔を上げる。
マサカゲがベースの弦に触れた。
それは、演奏前にK-Tが必ず行っていた合図だった。
K-Tがドラムを叩き始める。
打ち込みの音が消える。
曲が、本来の形へ戻った。
観客から歓声が上がった。
誰もK-Tを知らない。
それでも、彼の音だけは、スクラッチャーズの音として会場に響いていた。
コメント
1件
うわ……世界がK-Tを消そうとしてる感じ、すごく怖いし切ないですね。受付の人が本当に視界に入ってないみたいな反応するのが、SFホラーじみててゾッとしました。でも演奏前にあのルーティーンを入れて、K-Tの“いる”音で曲が本来の形に戻る瞬間、ちょっと泣きそうになりました。照明で顔を消す演出も、もはや切実な防衛策で……。この先、完全に忘れられてしまわないか心配です。