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城プル
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ゆ
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FORSAKENの神殿に、蒸し暑い熱帯夜が訪れていた。
最奥にある支配者スペクターの寝室ですら、今夜ばかりは暑さから逃れられない。
巨大な天蓋付きベッドの上で、スペクターは寝返りを打ちながら唸っていた。
「うぅ〜……暑い……。寝苦しい……」
一方その頃。
回廊では、茶色のマントを羽織った黒ハチワレ猫頭の紳士、Mowlが静かに歩いていた。
胸の黄色いリボンを整え、愛用のモノクルを指先で軽く押し上げる。
「ふむ……今宵は風の流れが鈍いですな。スペクター様がお休みになれていればよろしいのですが……」
そう呟いた、その瞬間だった。
ガバァッ!!
寝室の扉が勢いよく開いた。
「Mowlみーっけ!!」
「にゃあっ!?」
闇の中から伸びてきた両腕が、Mowlをがっしり捕獲する。
「す、スペクター様!? お待ちくださ――」
ズボッ。
返事をする暇もなく、そのまま寝室へ引きずり込まれた。
次の瞬間。
ふかふかの巨大ベッドへ豪快に放り投げられる。
「今日はね! Mowlを抱っこして寝ることにした!」
「……はい?」
「Mowlって夏でもひんやりしてて気持ちいいからね!」
「ちょっ――」
ぎゅううううううっ。
スペクターは嬉しそうに笑いながら、Mowlへ両腕と両脚を絡ませた。
まさしく全力抱き枕状態である。
「す、スペクター様……っ!」
Mowlの低い声が震える。
「私めは抱き枕ではなく、一人の紳士で――」
「だめ」
ぎゅっ。
「あぐっ!」
締め付けが一段階強くなる。
「今日は絶対逃がさないよ。」
「お慈悲を……っ!」
Mowlは何とか腕を抜こうとする。
しかし。
スペクターは満足そうに目を閉じると、そのまま数秒で夢の中へ旅立ってしまった。
「すぅ……すぅ……」
熟睡。
そして問題はここからだった。
眠ったことで力加減という概念が完全に消失したのである。
ミシ……
ミシミシ……
ギチチチチ……
「…………っ!!」
Mowlの全身から嫌な音が響いた。
極上のモフモフがクッションになっているとはいえ、相手は神。
その腕力は、人間なら一瞬で圧縮されるほど桁違いだった。
「にゃ……ぐぅ……」
肋骨。
胸骨。
肩。
そして首。
全身が少しずつ、しかし確実に押し潰されていく。
「……これは……少々どころでは……ございませんな……」
普段なら整えている黄色いリボンは完全に潰れ。
茶色のマントは皺だらけ。
モノクルは顔の横までズレ落ちていた。
それでもMowlは抵抗しない。
(眠っておられる主上を引っかくなど……臣下として論外……)
ギチッ。
「にゃっ……!」
寝返り。
そのたびに締め付けが更新される。
まるで巨大な油圧プレスだった。
「わ……私めの肋骨が……」
ミシ……
「順番に……番号を呼びながら悲鳴を上げております……っ」
さらに寝返り。
ギュウウウッ。
「首骨まで参加なさらなくてもよろしいのですがぁぁ……っ!」
それでもスペクターは幸せそうだ。
「ん〜……Mowlふかふか……」
寝言まで言っている。
「やわらかい……」
「……ありがとうございます……っ」
半泣きで礼を返すMowl。
「しかし……少々……柔らかさを堪能し過ぎにございます……」
その後も数時間。
Mowlは一切逃げず、ただひたすら耐え続けた。
紳士の誇りだけを支えに。
翌朝。
神殿へ朝の光が差し込む。
「ん〜〜〜っ!」
スペクターが大きく伸びをした。
「すごくよく寝た!」
腕の力がようやく緩む。
「ありがとね、Mowl――」
そこで固まった。
「…………え?」
腕の中にいたMowlは。
まるで本に挟まれた押し花のように。
厚さ数センチまで平たく圧縮されていた。
「Mowlぅぅぅぅぅっ!?」
慌てて抱き起こす。
しかし、
ぺらっ。
持ち上がった。
「軽い!!」
「紙みたい!!」
「Mowlが紙になっちゃった!!」
寝室は大混乱である。
「アズールーー!!」
「ホスフォラスーー!!」
「誰か来てーー!!」
◇
数十秒後。
物凄い勢いで寝室へ飛び込んできたアズールは、
ベッドを見て固まった。
「……。」
「……。」
「……Mowl殿?」
そこにいたのは、
厚さ三センチほどの、
黒ハチワレ柄の何かだった。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」
触手四本が一斉に逆立つ。
「なんですかこれ!!」
「昨日まで立体だったでしょう!?」
「どうして一晩で圧縮保存されてるんですか!?」
ホスフォラスも駆け込んできて、
「えっ!」
「干物!?」
「猫の干物!?」
「違います!」
アズールが即座にツッコむ。
「干物じゃない!」
「抱き枕です!!」
「いや、それも違う!!」
◇
「どうしよう……。」
スペクターは半泣きだった。
「僕、そんなに強く抱いてた……?」
アズールはぺらぺらのMowlを慎重に持ち上げる。
「……生きてます。」
「生きてる!?」
「はい。」
「ただ……。」
触手でつつく。
ぺこん。
「空気が抜けています。」
「空気!?」
「モフモフも圧縮されてます。」
「毛並みの体積が九割消失してます。」
「ご、ごめんMowl……!」
スペクターは青ざめた。
「今すぐ治すから!」
両手でMowlを抱え、
生命魔力を流し込む。
ぽわぁ……
モフッ。
モフモフが少し戻る。
さらに。
ぽわっ。
ぽんっ!!
「ぷしゅっ!」
風船が膨らむような音と共に、
Mowlは一気に元の厚みに戻った。
胸毛も、
マントも、
黄色いリボンも、
ふわぁぁぁ……
完全復活。
「……。」
Mowlは静かに立ち上がる。
曲がったモノクルを直し、
胸元を整え、
茶色のマントを払う。
そして、
ふら……
一歩。
ふら……
二歩。
スペクターの前まで歩くと、
深々と最敬礼した。
「……おはようございます。」
低音ボイスは健在。
「スペクター様。」
「昨夜は……快眠できましたでしょうか。」
「う、うん……。」
「すっごく……。」
「それは何よりにございます……。」
そう言って微笑もうとした瞬間。
ポキッ。
首。
ミシッ。
背中。
コキコキコキッ。
全身。
「…………。」
Mowlはゆっくり膝をつき、
そのまま前向きに、
ぱたん。
倒れた。
「Mowlーーーーーーっ!!」
「あぁ!」
「また潰れた!」
「違います!」
アズールが叫ぶ。
「これは燃え尽きただけです!」
ホスフォラスは腹を抱えて笑い転げている。
「寝ただけなのに全身筋肉痛になってる!」
「抱き枕って命懸けなんだ!」
スペクターは申し訳なさそうにMowlを抱き上げた。
今度は本当に、
壊れ物を扱うように。
そっと。
優しく。
「……ごめんね。」
「今日は最高級ササミちゅ〜る、十本あげる。」
床に突っ伏したままのMowlの耳が、
ぴくり。
「……二十本。」
耳がもう一度動く。
「……三十本。」
Mowlはゆっくり顔だけを上げ、
モノクルを整えながら、気品たっぷりに咳払いを一つ。
「……スペクター様。」
「臣下として申し上げます。」
「抱き枕役は、今後も……お引き受けいたします。」
「ただし。」
「報酬は毎回、最高級ササミちゅ〜る三十本にてお願いいたします。」
「やったー!」
スペクターは大喜びで飛びつこうとした。
「Mowl抱っこ──」
「お待ちください。」
Mowlはスッと片手を上げる。
「まずは……」
「圧迫防止用のクッションを十枚ほどご用意くださいませ。」
神殿にはその日から、「Mowl専用・抱き枕保護クッション」が正式配備されることになったが、寝ぼけたスペクターは毎晩それを蹴飛ばし、結局Mowlが抱き枕になる日々は、何一つ変わらなかったのである。
———おしまい。