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夢幻ノ杜での一件から数週間後。
特務調査局では、新たな事件について調査を進めていた。阿部が執務机でパソコンに向かっていると、斜め後ろから目黒が声をかけてきた。
🖤「何、調べてんの?」
💚「SNSで不審なサイトが出回っててね。これなんだけど」
🖤「あなたの穢れを浄化する……血管の病気、身体の不調、治らない痛みに……清らかな心への一歩にも……? なんか、変なサイトだね」
💚「血を浄化するってことだと思うんだけど」
🖤「血? なんかやだな」
💚「それもあるけど、あれと繋がってる気がして」
🖤「あれ? あ、命の霊薬?」
💚「うん……実際に書いてあるわけじゃないけど、なんとなく、万病の薬みたいだなって思って。サイト名は……《命冠の環-めいかんのわ-》」
🖤「なにそれ?」
💚「あ、教団の名前がそうみたい。ちょっと、命冠の環についても調べてみるね」
カタカタとキーボードを叩く阿部。
こうして、コントロールルーム以外でパソコンを触っている阿部を見るのにも、もう慣れてきた。
異能が使えなくなってから、阿部はコントロールルームに入ることがなくなった。設備がないわけではないが、コントロールルームでできることと、執務机のパソコンでできることは同じだから。
だったら、一人で籠っている必要もないからと、こうして見えるところで作業をしてくれている。
阿部が無茶をしないか見られるので、安心できるからありがたい。
もう電脳空間に行く事もなく、外部のことが分からなくなるわけではないけれど、前例があるので阿部一人で残ることは今もない。今日は、目黒が留守番担当の日だった。
💚「あった。これだ」
阿部の声に、目黒もそのサイトを見る。
《命冠の環》は、人の身体と心に生じる穢れは血に蓄積され、それを浄化することで本来あるべき姿へと戻ることができる、という教えを掲げている。穢れのない生命の在り方を《命冠》と呼び、血が全身を巡るように命もまた巡るものとして、独自の思想に基づいた活動を行っている、らしい。
そこからスクロールしたりページを変えたりしていき。
💚「めめ、ここ見て」
阿部が指差しているのは、《血の浄化》について書かれたページ。
💚「血の浄化とは、身体を巡る血に蓄積された穢れを取り除き、本来の清らかな状態へと戻すこと。命の霊薬が血を巡ることで穢れは浄化され、心身を本来あるべき姿へと導くとされています。これ、命の霊薬がかかわってる」
🖤「じゃあ、やっぱり」
💚「うん。噂だけだったものが、現実味を帯びてきたね。戻って来たらみんなに話そう」
深澤と岩本が戻って来た時点で話をし、そこから全員に招集がかけられたのは15時頃のことだった。
今回は、みんなに説明するためにコントロールルームに集まってもらう。
阿部が椅子に座り、他のみんなは椅子の周りに立っている。
💜「命の霊薬絡みって、ホント?」
💚「うん。ちょっとこのサイト見て」
ガラス製の机の上に、ホログラム状のキーボードが浮かび上がると、そのキーボードを器用に打っていく。
そして、目の前にある巨大ディスプレイに大きく、一つのサイトが映し出された。
💛「命冠の環?」
💚「そういう名前の教団なんだけど、ここ見て」
血の浄化についてというページを開き、その中から先ほど阿部が読んだ一文が大きく浮かび上がる。
💙「……命の霊薬……」
渡辺の目が細められた。
💚「これ、やっぱり調べた方がいいと思って。俺が拾えるのはサイトの情報くらいで、あとはSNSの口コミ。ここ数週間で一気に広がってるんだ」
言ってエンターキーを押すと、今度はSNSの投稿がいくつも画面に映った。
命冠の環に行ったら、痛かった右膝が治った。肌の調子が良くなった。血の循環って凄い。若くなったねって言われるようになった。
そんな体験談がずらりと並んでいる。
🩷「これ、ホントだったらすげーじゃん」
💛「いやでも、胡散臭いだろ、どう考えても。本人の感想って言われりゃそこまでだ」
💚「ただ、こんなものもあるんだよ」
更にキーボードを操作し、エンターキーを押す。
大きく映し出されたSNSの一文。
🩷「諦めてた右目が見えるようになりました……マジ?」
💚「真偽はわからないよ。でも、これがもし本当だったら、異能の可能性が高い」
💛「ああ、阿部の治癒もそんな感じだっけ?」
💚「そう。俺が持ってた《極光治癒-きょっこうちゆ-》はどんな症状でも治せた。ただし、一回の使用でオーバーロードっていう制限があったけどね。俺はすでに飽和暴走してたから使ったわけだけど。だから、これが本当なら相応の治癒能力が必要になる。それこそ、命の霊薬の話も嘘じゃないかもしれない」
💜「これは確かに、無視できないね。命の霊薬に関して、何か分かるかも」
💛「教団の場所は?」
💚「サイトに地図が載ってた。誰でも歓迎ってなってたから、隠す気はなさそうだね」
再びキーボードを操作して、サイトに載っている地図を拡大して表示する。
街から少し離れた山の麓にあり、地図で見ても広大な敷地だった。
💚「明日も集会があるみたいだから、その中に紛れ込めば大丈夫そう」
💜「じゃあ、潜入して、命の霊薬の正体を確かめよう。メンバーは、めめ、佐久間、照、舘、康二は確定。なべは、どうする?」
皆の視線が渡辺に向く。
本来なら外した方がいいのだろうが、命の霊薬に関して、渡辺は被害に遭った張本人だ。無条件に除外するものではない。
ぎゅっと、渡辺の拳が握られた。
💙「行く。行って、この目で見たい。命の霊薬がなんなのか、確かめてやる」
💜「わかった。俺とラウと阿部ちゃんはここで待機してる」
💛「情報共有は忘れんな。危険だと判断したらすぐに離脱すること。命の霊薬に関して、俺らは襲われてるからな」
💜「今回、なべのストッパーは照に頼む。なんかあったら佐久間、すぐなべを戻して」
🩷「りょーかーい」
💛「みんな、気を引き締めていくぞ」
翌日、教団への潜入を開始する。今回はイヤホンではなく、細身で目立ちにくいイヤーカフ型の通信機にした。少しでも疑われる材料はない方がいいと思っての事だ。
予定通り、二班に分かれた状態で教団の中に入った。
礼拝堂のような白い建物の中に入ると、長い廊下を歩いていく。ずいぶん広い建物だなと、佐久間も岩本も思った。
阿部の話では、ここ数週間で一気に大きくなったと言っていたが、建物自体は綺麗だけれど、そう新しいものではなさそうだ。
どこか神殿を思わせるような造りが少し不気味ではある。
長い廊下を抜けた先には、ドーム状の天井をした広い空間があった。
中にはすでに大勢の人が集まっていて、ざっと見ただけでも三百人はいるだろうか。椅子などはなく、皆が立ったまま正面を向いている。
その視線の先、広間の一番奥だけが一段高くなっていた。中央には祭壇のようなものが置かれ、その後ろには《命冠の環》の紋章が描かれた大きな旗が掲げられている。
そして、その祭壇を背にするように、50代後半くらいの男が立っていた。
どうやら、あれが教祖らしい。
「血は、私たちの身体を巡り、絶えることなく命を繋いでいます。だからこそ、その血に宿る穢れを取り除くことが、真に清らかな命へと還る第一歩なのです。穢れを恐れる必要はありません。正しく血を浄め、命を巡らせることで、誰もが本来あるべき姿を取り戻すことができるのです」
🩷(うわー、うさんくせー)
間違っても声に出せないけれど、佐久間は思わずそんなことを考えてしまった。
そこからも長々と話をしているので、あくびをかみ殺す。血についていろいろ話しているけれど、結局のところ、それがなんなのかという具体的なことは何も出てこない。
🩷(耳障りがいいことばっか言ってる)
だから、佐久間にはその言葉は響かないし、何か言ってるな、くらいにしか思えない。
けれども周りは違うらしいというのが、その表情から分かる。恍惚としていて、心酔している。初めて教団というものを目の当たりにしたけれど、こういうものなのだろうか。
🩷(俺にはさっぱりわっかんね)
退屈だなと思いながらも、目的はこの先にあるから付き合わなければならない。
いかにも退屈です、という態度を取っていると、隣の岩本に肘で突つかれた。それは、岩本の反対側にいる渡辺も同じで、慌ててピンと背筋を張る。
こんなところで摘まみだされては元も子もないのだから、もう少し我慢しよう、と。
それから暫くして、話が終わると別の女性が登壇して、なんだか説明される。命の霊薬を以て血を浄化する人はこちらに来てください、というような趣旨を話している。佐久間たちの目的はこちらだ。
💛「行くぞ」
人の流れについて、女性が指し示す方へと向かう。入って来たのとは別の扉から出て、また廊下を歩く。
柱だけで壁のない廊下は、水の上を通っていた。白い岩のところどころから水が滝のように岩肌を流れ、その水が川のようになっている。
こういう幻想的な風景も、信じる要因の一つなのだろうと思った。
廊下の奥の、両開きの扉を潜り抜けると、待合室のように長椅子が並んでいる。そこに座るように指示され、また、待つ。
順番に呼ばれると、五つある木の扉の向こうに行き、少しするとまた呼ばれて入って行っている。
🩷「中に入った人、戻って来ないんだね」
💛「また別の所に通じてるのかもな」
🩷「翔太、一人にして平気?」
💙「通信機あるし、大丈夫だろ」
💛「楽観視すんなよ。異変感じたら、すぐ突入する。翔太もその覚悟でいろ」
💙「わかってる」
段々と順番が近づいてくる。佐久間が入り、渡辺が入り、岩本が入っていく。全員、違う部屋に通された。
最初に中に入った佐久間が通されたのは、小さな部屋。木の机と椅子が置かれただけのシンプルな部屋で、教団関係者と思われる白い服に身を包んだ女性が一人、そこに立っていた。その女性は佐久間を見るなり、ニコッと優しく微笑む。
「では、血の浄化を行います。腕を出して、こちらに乗せて下さい」
示されたのは、机の上。四角い枕みたいなのが置かれている。佐久間も見覚えがあるもので、嫌な予感しかしない。
🩷「あのー、これ、何するかって……」
「採血をします。血を抜いた後に命の霊薬を体に入れると、循環されるのですよ」
🩷「ですよねー。え、抜くのってどのくらい? あんま多いのやなんですけど」
「少量ですよ。病院などの採血の時に一本、採りますよね? あの半分くらいです」
🩷「あ、じゃあ、大丈夫かも」
言われた通りに右腕を採血枕の上に乗せる。正直、注射は苦手だ。顔を背けて目を瞑る。
チクっとした痛みに思わず口もきゅっと結び、でもすぐに針が抜かれた。少し圧迫止血をされてから、絆創膏を貼られる。
「もう大丈夫ですよ。では、命の霊薬をお渡ししますので、お飲みください」
女性が持っているのは瓶。佐久間は見慣れている、ゲームに出てくるポーションが入っていそうなガラスの瓶で、中身は色がついていない透明なもの。
🩷「これ、何味?」
「少し塩味がありますね」
🩷「塩? しょっぱいのか。海水っぽい」
「そこまで塩辛くはありませんよ。甘みも感じるかと思います」
じゃあ、大丈夫かと思って飲む。
🩷「あ、ホントだ、甘じょっぱい。ん? なんか表現違う気がする」
「うふふ。でもどうですか? 体の中に、何か感じませんか?」
🩷「んー。そう言われたら、なんかちょっと温かくなってきたような気がする」
「命の霊薬が体に流れ込み、血が浄化され始めているのですね。一度だけではなく、何度か来ていただくと、実感すると思いますよ」
🩷「そーなんですね。じゃあ、また来ます! これ、向こうから出たら帰れるの?」
「ええ。出たら、指示に従って進んでください」
🩷「はいはーい」
立ち上がって、奥にあった扉から外に出ると、ぞろぞろと人が歩いて行くのが見えた。
向こうに進んでくださいと言われるからゆっくり歩き始めて、ちらっと後ろを見ると渡辺と岩本の姿も見えたのでそのまま歩いて行った。
もう一方の内部調査組である目黒、宮舘、向井は、教祖の演説が終わってから、命の霊薬の方の列には並ばずに、教祖が向かった方に歩いて行く。
教団内は比較的自由に歩き回っていいのか、他にも見学をしている人たちがいるので調べやすい。
🖤「なんか、普通だね」
❤️「普通?」
🖤「いやもっと、教祖様! ははーって感じをイメージしてたから」
🧡「さっくんに影響されとるんやない? こないだ、そんな感じのアニメ見てたやん」
🖤「あ、それかも」
❤️「まあでも、言いたいことは分かるよ。なんか、平和というか、狂気みたいなのも感じないし、普通に集まって話を聞いてっていう、講演会みたいだなって思った」
🧡「え、聞いてる人らの顔見た? めっちゃ怖かったで」
❤️「うんまあ、表情はね。でもそれで熱狂するわけでもなく、殺到するわけでもなく、みんな穏やかに過ごしてるって印象かな。命の霊薬なんて飛びつきそうなものなのに、みんなちゃんと列も守ってたし」
🖤「あー、だからか。穏やかだなーって。人の声は聴こえるからちょっとは喋ってるんだろうけど、それも世間話みたいな。闇オークションの時みたいな、欲望とか思惑なんてのがなくて、ざわざわしてない」
❤️「だからこそ、違和感なんでしょ?」
🧡「……何で?」
🖤「だってさ、どんな病気もケガも治る薬なんて、絶対欲しいよ。あるなら、俺だってほしい。それがここにあるって言ってるのに、ケンカしない? 俺が先ってなんない?」
🧡「なるな。発売日に行列で揉めてんのとか見たことあるし」
❤️「欲しいの度合いが違うはずなのに、その欲がない。ただの違和感で済むかってこと」
🧡「なるほどなー。じゃあ、調べんのはやっぱ、命の霊薬?」
❤️「それは照たちがやってくれるよ。命の霊薬の方の列に並んでたから。俺らは、その裏側を探る」
🧡「裏側て?」
❤️「教祖のこと、教団のこと、どこで命の霊薬を知ったのか、命の霊薬を使って何をしようとしているのか」
🖤「蔓で内部のこと見てみるね」
柱に沿うように、細い蔓を伸ばしていく。目立たないように、いつもより白っぽい蔓だ。それを天井まで伸ばすと、今度は天井を這うように伸ばしていく。
これで何か分かればいいのだが。
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