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ヘレンはこっそりと、ノブレス・オブリージュ美術館のサロンから廊下へ出た。恐らく、天使のオーゼムは気がついているだろう。だけど、ヘレンはアーネストのことがとても心配だった。館外は未だゾンビアポカリプスが発生していて、非常に危険だった。けれども、ヘレンは外へどうしても出たかったのだ。
勇気を決して、玄関から外へ出ると、ホワイトシティは赤黒い雹が真っ赤になった空から降り注ぎ。道路を埋め尽くすかのようなゾンビが蔓延る凄まじい光景になっていた。
ヘレンは慎重に大き目の傘を差すと、赤黒い雹に気をつけて聖パッセンジャー・ビジョン大学付属古代図書館へと向かった。
多くのゾンビによる歯型や爪跡で破壊された路面バスは、当然使えそうもないので、仕方なく歩いていくことにした。
クリフタウンにある図書館への数十ブロックが、今のヘレンには永遠とも思える長旅だった。
真っ赤な空から落ちてくる無数の赤黒い雹が、目に見えて激しく降りだしてきた。このままでは、差している傘に穴が空いてしまうのでは? そう危機感を募っていたヘレンは、ある不思議な光景を目の当たりにした。
何故か、男が一人。大通りのど真ん中で、ゾンビと化す赤黒い雹の中で、何事もなく突っ立っているのだ。それに、こちらに気がつくと、赤黒い雹を口に含んでは、ニコリと微笑みながらガリガリと食している。
周囲のゾンビはその男には、まったくといっていいほど近づいていなかった。
「こんばんは。あなたは、確かヘレンさんでしたよね?」
いや、ゾンビ以外も近づけないのだ。と、その男に対してヘレンは思った。男は20代の物腰柔らかな青年で、どこか実業家風のホワイトシティの貴族地区。ヒルズタウンにいるかのような男だった。それも、かなり格調高い貴族に思える。
「どうして? 私の名前をご存知なのですか?」
「どうして? ノブレス・オブリージュ美術館でも、常連だったはずですよ。ぼくですよ。ぼく……わかりませんか?」
ヘレンは一瞬、その男の顔を疑った。
それは、とある男の顔に非常に似ているからだ。
「あなたは、もしかして……サン・ジルドレ?」
ヘレンはその名前を口にしてから、首を傾げた。
(確かに、あなたとは何年か前にお会いしているはず。でも……)