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変死体サン・ジルドレという人物の不吉な名前が、ヘレンの頭に浮かび上がった。サンは、何年も前にノブレス・オブリージュ美術館のVIPクラスにいた人物で、それからしばらくして、サン自身の屋敷内で不可解な変死体で発見されたという報道がされている。
「確か……あなたは……(書斎で変死体で発見されて、警察ではホワイトシティで今世紀最大の迷宮入り事件とされていたのでは? なんでも、新聞では死因がとある血の飲み過ぎと書かれていたわね)」
「そうですよ! 私は一度、変死体という形となってこの世から抹殺されていまして。それでも、ここにこうしているのにはわけがあります」
赤黒い雹が一際激しくなった。
ヘレンは震えながら、大き目の傘の柄を両手で掴んだ。
「わけ? というのは?」
「ふっふっふっ……意図的なんですよ。いや、儀式的産物なんですよ」
「あの。もったいぶらないでくださいませんか?」
「はっはっはっ」
その時、轟音と共に大きな落雷が近くのブルータル建築の住宅地へと落ちていった。
サンの笑い顔の横面が、一瞬白く映えた。
「時にリッチーというものを、存在をご存知ですか? ヘレンさん? 死の王。この世の生あるものの絶大なる敵対者。そう死の天敵ですよ」
「リッチー? って、え? 一体何の話をしているのでしょう?」
「……私は儀式によって、この身体を得たのです。私自身の血と肉と命を捨ててまでね。そう……死の王として君臨するためにね。私はもはやこの世界の死でもあるんです」
サンはそういうと、ニッコリ笑って赤黒い雹の中で、傘も差さずに一人ヒルズタウンの方へと歩き出してしまった。
更に、こちらに手を振りこう言うのだ。
「あ! そういえば、モート君によろしくと伝えて下さい。あなたなら、何とかなるんじゃないのかな?」
ヘレンはフラついて傘を手から、落としてしまうほどに混乱してしまった。
「何故? そんなことを私に言うのですか?」
「知ってますよ。あのモート君とはお知り合いなのでしょう。ヘレンさん。さて、近々ノブレス・オブリージュ美術館とは盛大にご厄介になりそうですよ。その時は、どうかできるだけの歓迎をして下さいね。それでは……また……」
ヘレンは真顔で首を傾げたが。
少ししてから、ヘレンはこう考えることにした。サンは、命の大切さは、とうに全て捨てているものの発言をしているのだと。
だが、ヘレンは呆れることをせずに、代わりにとてつもない恐怖を感じた。
人間が、こうも容易く貴重な生命を自ら手放すものだろうか?
サンの姿がロマネスク様式の建造物の間で、完全に見えなくなってきたころには、赤黒い雹は、更に猛烈に降りだしてきていた。