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スカイホエールとの邂逅から五日後、いよいよアークロイヤル号は南方海域へと足を踏み入れる。
そこはロザリア帝国のある西方大陸よりも遥かに危険で多様性に富んだ魔物が住まう海域である。
いや、南方大陸そのものが魔物の種類や質が高い。これは大陸全土が魔石を豊富に含んでいることが起因していると言われている。
大量の魔石は莫大な魔力を空気中に排出し、それが魔物の生態に強い影響を与えているとされるが、真相は闇の中である。
さて、そんな南方大陸の近海となれば当然魔力の影響を受けたと考えられる魔物の巣窟となる。
そのためアルカディア帝国では危険な海上を進む海路よりも飛空挺による空路が重視されているのだ。
結果海には魔物に臆することの無い荒くれ者が集まり、そして無人島であったファイル島を海賊の島として発展させるまでに至る。ちなみに彼らは外国との密輸や魔物の討伐を主な収入源としている。
さて、そんな危険な海域ではあるが交易とは基本的に儲かるものであり、数多の命知らず共が巨万の富を夢見て海へとこぎ出す。
「ロマン溢れる物語ですね。それで、エレノアさん」
「なんだい?シャーリィちゃん」
「これはどんな状況ですか」
「そうだねぇ、控えめに言って絶体絶命かな」
「それを聞けて安心しました。これが普通なら少しだけビックリしますから」
二人の視線の先、海から天へと昇る二本の巨大な触手。と言うよりは、イカの脚に見える。
「南方ではイカも大きいのですね。どれだけ食べられるか気になりますが」
「いやいや、あいつはクラーケンだよ」
「伝説の海の怪物ですか?」
「正確には、伝説の怪物みたいな魔物だな。どうやら俺達は奴の縄張りに入り込んでしまったらしい」
二人にリンデマンが補足する。
「この場合どうすれば?」
「やり過ごすのが一番だよ。ほら、見てみな」
この先では、別の脚が空を飛ぶスカイホエールを捕獲せんと動き回り、スカイホエールもこれに抗わんと激しく身体を動かしていた。
「……なるほど、つまり狩りの真っ最中と」
「ああ、幸い俺達には気付いていない。ここはじっとしてやり過ごすのが賢明だな」
「……待て、お嬢。なんでスカイホエールを見てるんだ」
襲われるスカイホエールをじっと見つめているシャーリィにベルモンドが声をかける。
「……ここで助けたら、恩を感じてくれないかなぁと思いまして」
「「「はぁあっ!??」」」
一同は驚愕の声をあげる。余りにも荒唐無稽な発言に驚きを隠せなかった。
「お、おいシャーリィ!何をどうしたらそんな考えになるんだよ?」
ルイスが真意を探るように問い掛ける。
「これまでの経験から、魔物には程度の差はあれど多少の知性があると考えました。そして、以前リンデマンさんが教えてくれた魔獣使いの存在が、私の仮説を裏付けてくれたんです」
「リンデマン!余計なことを言うからシャーリィちゃんが本気にしちゃっただろ!?」
「ははははっ!いやいや、ボスの発想は飛び抜けてやがるな。スカイホエールを手懐けようなんて考えるんだからな!」
リンデマンは愉快そうに笑う。
「可能だと思いますか?リンデマンさん」
「ボスの予想通り、魔物には知性があるらしい。魔獣使いが魔物を手懐けるのは、それに訴えかけてるって話だ」
「つまり、恩を感じる可能性があると」
「待てよ、お嬢。その前に大事な問題がある。クラーケンを倒さなきゃいけねぇんだが……エレノア」
「そんな装備があるはず無いじゃないか!大艦隊を用意して、被害覚悟で仕留めるような奴だぞ!?」
「まあ、船長の言う通りさ。流石にクラーケンを倒せるような装備は持ってないぜ」
「……確認ですが、クラーケンは魔物なのですよね?」
「魔物だよ、伝説の化け物なんてものじゃない」
「……なら、シャーリィなら倒せる」
アスカが呟く。
「あっ、そっか。シャーリィの魔法剣って魔物相手だとバカみたいに強いよな」
ルイスまで納得した。
「いやいや、あのデカさじゃ無理だろ?そもそも、どうやって本体に攻撃するんだ?脚はあちこちから出てるが、本体は海の中だろ」
「その通り。クラーケンは獲物を海中に引きずり込んで食べるんだ。だから対処なんて……シャーリィちゃん!?待った!」
今まさに飛び込もうとしたシャーリィを止めるエレノア。
「むっ、すみません。流石に無謀でしたね」
「今回は諦めろ、お嬢。必要ない危険を呼び込む必要はないぜ?」
「今回は諦めておくれよ、シャーリィちゃん」
「むぅ……確かに、無意味な危険を侵す必要はありませんね。分かりました、実験についてはもう少し安全な環境で行うとしましょう」
アークロイヤル号は機関を弱めて静かにクラーケンが去るのを待つ。
しばらくすると逃げ回っていたスカイホエールが遂に捕まり、海中へと引きずり込んだ。その瞬間アークロイヤル号は再び機関を吹かせて全速力でその場を離れた。
だが、この事でシャーリィの魔物に対する関心は大きくなった。
「ルイ、探し物が増えました。魔獣使いについての情報、可能ならばそれを生業としている人と接触したいと思います」
「そう言うと思ったよ。けど、長居は出来ねぇからな?」
「分かっていますよ。滞在期間を伸ばすつもりはありません。あくまでもついでの話です」
「頼むぜ?あんまり危険な場所に長居させたくはないからさ」
「ルイは護ってくれないのですか?」
「命懸けで護るに決まってるだろ?でも俺やベルさんにも限界はあるし、怪我なんかさせたくないんだ」
「……ありがとう。現地では、出来るだけ大人しくしておきます」
「ああ、頼むぜ」
それから数日後の早朝。空は雲に覆われて薄暗い海域を突き進むアークロイヤル号。
「見えたぞーーっ!!」
見張りの叫びに皆が反応する。
「何度来ても嫌な感じがする島だよ、本当に」
「全くだ。いっつも曇り空で不気味だしな」
エレノアとリンデマンが語らうのを耳にしながら、シャーリィは水平線に見える島を眺める。
「あれが……海賊の島……ファイル島……」
薄暗い島全体にはかがり火が灯され、数多の海賊船が停泊している平坦な島。遂にシャーリィ達は目的地である海賊の島ファイル島へと辿り着いたのである。
そこで意外な人物と再会を果たすことになることを、シャーリィはまだ知らない。