(まさか気にしていない……? いいえ、そんなはずは)
悩みながらも促されるまま、湖畔の小丘で芝の上に腰を下ろす。
それを合図のように、ミラーナがさっとバスケットを広げ、お茶の用意をしてくれた。
見ればサンドイッチに、マドレーヌやクッキーといった軽食まで詰められている。
この湖までは馬車で一時間。体調を考えて昼食を軽めにしていたから、ミラーナが多めに包んできてくれたのだろう。
ふと、私は微かな違和感にサンドイッチを見つめる。
(なんだか、いつも料理長が作ってくれるものと少し違うような……?)
「ここの湖にくるの、何年ぶりだろね。僕、ここでマリエッタとゆっくりお茶するの、けっこう好きだったんだよ」
はい、と渡された皿を受け取って、サンドイッチを口にするルキウスを見遣る。
緑の多いこの景色に、銀の髪がよく映えて。
すっかり青年になってしまった姿に、幼少期の、まだ丸みの帯びた頬をした彼の姿が重なった。
「……それならそうと、教えてくだされば」
「んー、マリエッタは王都に興味が移っていたし、僕もマリエッタの喜んでいる顔を見れたほうが嬉しかったから」
「…………」
本当に。本当に、昔から私のことを好いていてくれたのね、なんて。
(……私ももっと、ルキウスのことを知ろうとしてあげればよかった)
サンドイッチを手に取る。赤い側面から察するに、木苺のジャムのはず。
昔から好きだからと、今でもよく料理長が作ってくれている。
口に運んではむりと齧ると、違和感が確信に変わった。
「……この、サンドイッチ」
咀嚼してから、私はバスケットの中を覗き込む。
もう一種類はきっと、ハムとチーズ。昔からの組み合わせ。
なのに、味と食感がなんだか……。
「ごめん、美味しくなかった?」
「え?」
「そのサンドイッチ、僕が作ったんだ。ちゃんと料理長にも試食してもらったんだけどな」
「え……ええっ!? ル、ルキウス様が!? サンドイッチを!?」
「といっても、作ったって言えるのはジャムくらいで、あとは挟んで切っただけだけどね。ほら、僕の隊って遠征調査とかしょっちゅうだから、簡単な調理も出来ないとでさ」
「こ、このジャムもルキウス様のお手製ですの!?」
「そ。こっそり料理長にレシピを教えてもらっちゃった。木苺のジャム、マリエッタが好きでしょ? かなり料理長の味に近かったと思うのだけど、やっぱりバレちゃったなあ」
残念、と笑いながら、ルキウスは自身の手にしたサンドイッチをパクリ。
「もう一度ここに来れた時は、僕の作ったサンドイッチを食べてもらいたいなあって思ってたんだ。ごめんね。他のモノは違うから、そのサンドイッチは下げてもらって――」
「い、いいえ! 必要ありませんわ、ルキウス様。だって、ちゃんと美味しいですもの」
「大丈夫だよ、マリエッタ。僕には世辞なんて使わなくて」
「お世辞などではありませんわ! 包み隠さず言うのなら、たしかに料理長のサンドイッチの方が美味しいですけれど。まさかルキウス様がお作りになってくださったとは夢にも思いませんでしたから、料理長がレシピを変えたのだと思いましたの。ですからちょっと驚いただけで、このサンドイッチも、充分に美味しいですわ」
それに、と。私は手の内のサンドイッチへと視線を落として、
「……嬉しい、ですわ。私が木苺のジャムを好いてると知ってくださっていたことも、私の為にと、自ら作ってくださったことも。ルキウス様のそのお心が、嬉しいです」
「マリエッタ……」
「ですので、好きなだけ頂きますわね。私、馬車に長いこと乗るからと昼食を減らしておりましたのよ? この湖に連れてきたのはルキウス様なのですから、ちゃんと私のお腹の面倒も見てくださいな」
ぱくぱくとサンドイッチを食べながら、ストンと腑に落ちた。
そう、私はいま、とても嬉しい。
胸が、頬が。ほわりと温かな熱を感じている。
(アベル様相手には感じたことない、くすぐったさだわ)
この感情は、いったいなんなのだろう。
幼馴染としての安心感?
けれどもちょっと恥ずかしくて、それでも決して、居心地の悪さはない。
(……ルキウスは、こんなにも私を大切にしてくれているのに)
私ときたら、たった一言、謝ることすら出来ないなんて。
二つ目のサンドイッチをお腹におさめて、私は「……ルキウス様」と覚悟を決めた。と、
「謝らなくていいよ」
「…………え?」
顔を跳ね上げた私に、ルキウスが双眸を優しく緩める。
「昨夜のことは、偶然だったんでしょ? マリエッタの反応を見ていればわかるよ。けれどね、マリエッタ。たとえ”偶然”じゃなくても、僕に謝る必要なんてないからね」
「そ、れは……どう、いう」
ルキウスは湖へと視線を投げて、
「そのままの意味だよ。僕はマリエッタから、婚約の自由を奪っているのだもの。だからせめて、キミの行動は自由にさせてあげたいんだよね。だからマリエッタは、謝らなくていい。たとえキミがどう考え、動こうと、僕に罪悪感なんて一切感じる必要はないよ」
「…………」
わかっている。
ルキウスは婚約の破棄を望んでいる私への負い目から、精一杯の誠意を持って言葉にしているのだと。
優しい優しい彼は昔から今も変わらず、私を大好きでいてくれるから。
いつだって自分の痛みよりも、私の幸福を、優先してくれるから。
全部、わかっている。だけど。だけども、だ。
(これではあまりにも、一方的すぎるのでは?)
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