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教室の窓際、午後の光がぼんやり机を照らしている。蓮司は、いつも通りの気だるげな顔で、自分の椅子ではなく、遥の隣の席に座った。
「……なにしてんだよ」
小さく言ったつもりだったけど、喉が乾いてて、妙にかすれた。
蓮司は笑うでもなく、肩をすくめる。
それだけで“この位置”が当然のものとして定着していく気がした。
遥は周囲の視線を無理やり意識しないふりをして──
「……今日、弁当……半分食う?」と、わざとらしく言った。
蓮司は目を細めて、ゆっくり首を傾ける。
「……あれ? おまえ、昨日“全部食えよ”ってキレてなかった?」
「う、うるせぇ……今日は、そういう気分じゃねぇんだよ」
自分でもわかっていた。
言い方がズレている。話の流れもおかしい。
でも、“恋人っぽく”ってどうやればいいかわからなくて、無理やり言葉を探してる。
喉の奥がじりじりして、でも黙ったら終わりな気がして、口が勝手に動いた。
「……そういやさ、蓮司って、甘い卵焼き好きだったよな。……俺の、ちょっとしょっぱめだけど、いけると思うし」
その瞬間、周囲の空気がざわり、と動いた。
斜め後ろの女子が、あからさまに睨んでいる。
別の子は、机に顔を寄せて「うわ……」と呟いたのが、耳に刺さった。
(わかってるよ、……そんなの)
“恋人っぽく”見せようとすればするほど、遥は浮いていた。
それでも、やめられなかった。
止まったら、全部バレる気がして。
「今日さ、帰り、寄り道しねぇ? ……ゲーセンとか……あー、いや、無理なら、いいけど」
「……必死だなぁ、おまえ」
蓮司がそう呟いたとき、遥は、心臓が止まりそうになった。
「は? な、何が……」
「いや、別に。……おまえのそういうとこ、面白ぇよ」
蓮司の顔には、笑いも怒りもなかった。ただ、観察する目だけがあった。
遥の“頑張ってる演技”がどれだけズレているかを、すべて見抜いていながら──何も言わずに、泳がせている目。
そのやさしさが、逆に残酷だった。
「蓮司くん、ほんと、あんな子と付き合ってんの? 趣味悪すぎ」
誰かが小声で言った。
遥の耳には、ちゃんと聞こえていた。
それでも、何も言わなかった。
ただ、弁当のフタをあけて、
「……一口だけな」
と、蓮司の前に、卵焼きを置いた。
指先がわずかに震えていた。
けど、顔だけは笑ってみせた。
それはもう、“好き”じゃなくて、
“壊れないための祈り”だった。