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昼休みを過ぎた頃、教室のざわつきはようやく落ち着きつつあった。だが、あのやり取りの“余韻”だけは、空気の中に色濃く残っている。
蓮司は、窓際の席に凭れて足を組み、何の感情も浮かべない顔で前を見ていた。
遥の席では──彼が必死に“恋人のふり”をしていた。
弁当を差し出したり、不自然に声をかけたり。
まるで台本のない劇を、独りで演じ続けているような様だった。
演技とは名ばかりの、不器用で、痛々しい身振り。
傍から見れば、ただ“媚びている”ようにしか見えない。
隣に立っていた日下部が、低く息を吐く。
「……見てて、笑えるか?」
蓮司は視線を動かさないまま、口角をわずかに上げた。
「笑えるよ。……面白いくらい、不器用で真っ直ぐ」
「真っ直ぐ、じゃねぇ。……あいつ、壊れてるだけだ」
「そっか」
軽い返事。けれど、それはただの同意ではない。
「──でも、“壊れてる”って、自覚して動けるやつはまだマシだろ」
蓮司の目が、ようやく日下部に向いた。
「おまえ、何もしてないじゃん。ずっと。昔からさ」
日下部の目が細くなる。
「……おまえに、何がわかる」
「わかってないから、こうやって楽しんでるんだよ」
さらりと、蓮司は言い放った。
その声には怒りも憐れみもない。ただ、冷静な事実確認のような響きだけが残る。
日下部は言葉を飲み込んだまま、遥の席に視線を戻した。
遥はまだ、必死に何かを演じている。
「……あいつ、何も変わってねぇよ」
ぽつりと、日下部が言った。
「壊れてるのも、無理して笑うのも、ずっと同じだ。ただ──」
「“ただ”?」
「俺が壊した。……そういう顔を、もう、隠せてねぇだけだ」
その言葉に、蓮司がほんのわずか目を細めた。
黙ったまま、ポケットから取り出した飴玉を口に放る。噛まずに、転がすように舌の上で遊んでいた。
「じゃあ、おまえが責任とれば?」
「──は?」
「抱いてやるとか。守ってやるとか。“許される”展開を夢見てるなら、さ」
蓮司の声には、皮肉と、明確な軽蔑が混ざっていた。
「俺は別に、誰も守る気なんかねぇよ。あいつが“俺と付き合ってる”って言うから、合わせてやってるだけ」
「遊び、だよな」
「もちろん」
きっぱりと言い切る蓮司を、日下部はじっと見つめた。
その目は怒りでもなく、哀れみでもなく──ただ、迷いと、諦めの濁った色だった。
蓮司は、ふっと息を吐いた。
「だけどな……おまえより、俺のほうがよっぽど“あいつを見てる”と思うよ」
「……は?」
「演技のズレとか、声の震えとか、手の動きとか。……いちいち、全部バレてるの、気づいてるの、俺だけだから」
その一言に、日下部が言葉を失った。
「──見てて、壊れそうになるのはおまえの方だろ」
蓮司はそう言って、笑った。
喉の奥で静かに、冷たく。まるで、“感情なんかどうでもいい”という目で。
教室の空気は、まだ乾いていた。
そして遥は、まだ──ひとりで、演じ続けていた。