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対峙する二人の距離は四間余り(約7m)お互い、まだ間合い外にある。
どちらが先に仕掛けるのか。こういう緊迫した闘いに於いては、先に動いた方が不利となるのが必然。
“後の先”
ユキはルヅキの出方を探る選択肢を取る。その為、右手は柄に添えただけで、まだ刀身を抜き切ってはいない。抜いたその瞬間を狙われるかもしれないからだ。
「……いくぞ」
ルヅキが緊迫した空間を、先に打ち破るかの様に呟く。
“――来る! だが、あれ程の質量と巨大さ。上手く扱えるとは思え……”
「ーーっ!?」
ユキは一瞬たりとも、ルヅキから目を離してはいない。だがそのほんの刹那の思考の間に、ユキの反応さえ遅れる程のルヅキの踏み込み。
「くっ!!」
その巨大な長巻の刃が、真下から顔面に向かって振り上げられていた。
“――速いっ!!”
ユキは瞬時に後方へ飛び退き、間一髪その振り上げを回避していた。
刃が皮一枚の距離を通過する。一瞬でも反応が遅れていたら、彼の顔面は真っ二つに断ち割られていただろう。
“――あの巨大な長巻を、これ程の速度で!?”
「だが……」
ユキはその速さに驚きを隠せない。だが飛び退くと同時に、鞘から刀を抜き放っていた。
“――その巨大さゆえ、攻撃直後は必ず隙が出来る!”
そして瞬時に体勢を立て直し、ルヅキの懐へと降り立つ。
「貰った!」
ユキの強さの一環であり、その象徴の一つでもある縮地法。ルヅキとの距離を一瞬で零にしたユキの刀に依る刺突は、振り上げ直後の完全に硬直した彼女の腹部へ向かって突き出された。
この間僅かコンマ何秒、それは刹那の瞬間の出来事。
この時間領域の中で、避ける事も受ける事も出来よう筈は無かった。
「……フン」
ユキの狙い済ました刺突がルヅキの腹部を貫こうとした瞬間。
「なっ!?」
固い物体にぶつかった様な衝撃と共に、その突きは阻まれた事にユキは驚愕する。
“――戻した……だと? 一体いつの間にっ!?
ルヅキはあの瞬間、振り上げた長巻を戻し、その刃の部分でユキの刺突を防いでいた。
ユキが驚嘆したのも無理はない。自分が繰り出した突きより後に、しかもあの巨大な長巻を己の腹部付近まで戻したのだから。
時間的にも理論的にも間に合う筈が無い行為。
ルヅキの操る長巻はまるで意思を持っているかの様に、その物理学を超えた速度域で操られていた。
「……はっ!?」
その恐るべき棲息域にユキが我を失っていたのは、ほんの一瞬の事。その間にルヅキの長巻は、ユキ目掛けて降り下ろされていた。
「くっ!」
ユキは瞬時に刀と鞘を交差し、降り下ろされた長巻を受け止めるが。
“――おっ……重い!!”
その桁外れの重量と速度による一撃に、思わず呻き声を上げる。
尋常ならざる衝撃は、その小さな身体で吸収出来る筈もなく、ユキは遥か後方まで弾き飛ばされたのだった。
その衝撃により止まる事を許されないかの様に、ユキは後方へ弾かれ続ける。受けの柔らかさと、全神経を防御に徹していなければ、その場で刀ごと真っ二つにされていただろう。
「ぐっ……」
“――速さも力も、私の予想を遥かに上回る……何!?”
それを追撃するが如く、ユキの眼前には既にルヅキが長巻を振り翳さんとしていた。
“もう追撃を!?”
長巻を振り上げるルヅキの表情には、一片の躊躇も無い。それは正に“目の前の敵を全力で斬る”事のみに特化していた。
“――防御に徹していても潰されるだけ。ならば先に斬る!!”
ユキは防御を捨て、迫り来るルヅキに向けて刀を納め、居合いの構えを取る。
“神露ーー蒼天星霜”
切った鯉口から煌めく、音の刃に極低温を纏わせた星霜剣奥義。下がりながらでも、その速度と威力は理論を超越する。
『捉えた!!』
ユキの居合い抜きによる音と氷の斬撃は、ルヅキが長巻を降り下ろすそれよりも速く、彼女の身体を一瞬で分断する。
突然の事に、ルヅキの瞳は驚愕に見開かれている様に見えた。
「決まった……」
刹那的なこの勝負の終焉に、手応えを感じたユキはそっと呟く。
「どう転んでもおかしくない、一瞬の勝負でしたが……これで終わりです」
幾多にも分離したルヅキの五体は、後は瞬時に凍結していき塵となっていくのみ。
分離したルヅキの身体は薄れ、塵となっていく。
『これは……?』
ーー筈だった。
「違う!!」
ユキは思わず声を上げる。何故なら斬ったと確信していた“それ”は虚無の幻影。
「残像だと!?」
“あの一瞬で……いつの間に!?”
「一体何処へ!?」
ユキは虚像だけを残して消えたルヅキの姿を、捜し出す様に辺りを見回す。
それは完全にルヅキの姿を見失っている事を意味していた。
あの刹那の瞬間、ユキの超音速に依る斬撃よりも速く己の残像だけを残して回避する等、相当なスピード差が無ければなし得る事では無い。
ルヅキは力のみならず、速さでもユキを凌駕していた。
「……遅いな」
ユキがルヅキを見失った、ほんの僅かの間。
ルヅキは回り込んだユキの背後で、既にその巨大な長巻を振りきらんとする最中であった。
「なっ!!」
ルヅキの声で漸く気付いたユキは、驚愕を隠せないでいながらも瞬時に刀と鞘を交差し、防御に全神経を集中する。
金属がぶつかり合う、凄まじい炸裂音が鳴り響く。
「ぐあぁっ!!」
その言語を絶する衝撃を吸収出来る筈もなく、ユキの身体は荒野に砂煙を巻き上げながら、凄まじい勢いで吹き飛ばされたのだった。
「ユキぃぃぃ!!」
凄まじい勢いで吹き飛ばされたユキを見て、アミが悲鳴にも似た叫び声を上げた。
大幅に離れた位置で、その闘いの行方を見守る二人。
ユキが着弾したと思われるその中心地は、巻き上がる砂煙によって阻まれ、その安否は確認出来ない。
「いっ……一体何が起こったの?」
余りにも瞬間的な攻防に、ミオは視覚も状況も追い付いていなかった。
ただ一つだけ理解出来るのは、明らかなユキの劣勢である事。
無表情だが余裕の佇まいに見えるルヅキの姿に、アミは驚愕を隠せない。
“もしかして、アザミやシグレより強いんじゃ?”
アミはアザミとシグレの、その超越した強さをその目に焼き付けている。そのどれもが、言語を絶する死闘となっていた事。
ルヅキにはそれらに通じるもの、もしかしたらそれ以上かもしれない何かを感じていた。
「……どうした? 立て」
ルヅキはユキが着弾したその砂煙の中心地へ向かって、呼び掛ける様にゆっくりと歩みを進める。
「お前の力はこんなものではあるまい。全力で無いお前を倒した処で、何の意味も成さない……。あくまでお前の全てを捩じ伏せた上で倒す事に意義がある」
ルヅキはそう促し、右手に持つその規格外の長巻を軽々と、砂煙の中心に向けて突き向けた。
“これで終わる事は許さない”
それはまるで、そう暗に示しているかの様に。
ユキの着弾した場所はまだ砂煙が晴れず、問い掛けるルヅキに反応さえ示せぬまま。
“このまま死んでしまったのか?”
普通ならあの衝撃で地面に叩きつけられたら、立ち上がる処か原形すら残らず轢き潰れててもおかしくは無い。
特異点も生身の身体。肉体的アドバンテージは常人と変わらない。寧ろ無事な方がおかしい。
「本当に、これで終わりか?」
ルヅキは未だ反応を示さぬユキへと、残念とも云える複雑な心境で呟いた。
「……そんな訳無いでしょう?」
砂煙の奥から聞こえる、小さくともはっきりと通るその声。
突如砂煙は一瞬で晴れ、その中心部から蒼白い光が冷たく輝く凍気と共に周りを浸透していく。
荒野は白銀が美しく煌めく、極寒の凍土へとその姿を変える。
「貴女の事を決して侮っていた訳では無いのですが……」
その光の中心部より、こめかみから血を流してはいるが、決して満身創痍には見えぬユキが刀と凍気を纏い姿を現す。
「もしかしたら、女性と云う事による躊躇があったのかもしれません。失礼致しました」
ユキはそう非礼を詫びるかの様に、深々と頭を下げる。
「フッ……」
ルヅキもこれで終わっていなかった事に安堵したのか、不意に微笑の表情を見せた。
「貴女の実力に敬意を称し、こちらも全力を出し尽くして闘う事を御約束します」
そして刀を構え、ユキは再びルヅキと対峙するのであった。
その冷たく輝く凍気と共に。