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4
保健室は、消毒液の匂いがした。
カーテン越しの光が、白くて眩しい。
ベッドに座らされた翠は、
処置を受けながら、ずっと視線を下に落としていた。
学年主任は、少し離れた位置で立っている。
さっきまでの校舎裏とは、あまりにも違う静けさ。
「……痛むところは?」
「……大丈夫です」
即答だった。
いつも通りの、反射みたいな返事。
養護教諭が席を外した後、
学年主任は、ゆっくり口を開いた。
「君に、確認したいことがある」
翠は、何も言わない。
でも、顔は上げなかった。
「提出された動画を、すべて確認した」
その一言で、
翠の指先が、ほんの少しだけ動いた。
「……映っているのは」
学年主任は、言葉を選ぶ。
「赫、ではない。」
静かな断定。
「校舎裏で被害を受けていた。」
「いや、受けているのは……君だ」
翠は、しばらく黙っていた。
否定もしない。
驚きもしない。
まるで、
“いずれ言われる”と分かっていたみたいに。
「……なぜ、隠したんだ」
「なぜ、
ここまで一人で抱え込んだ」
問いは、まっすぐだった。
翠は、ようやく顔を上げる。
でも、その目は、先生じゃなく——
どこか遠くを見ていた。
「……先生」
声は、かすれている。
「動画に写ってるのが……」
一拍、息を吸う。
「赫ちゃんじゃなきゃ、処罰は下りませんか?」
学年主任は、言葉を失った。
「……何?」
「俺が殴られてても、
俺が対象だったら……」
翠は、必死に言葉を繋ぐ。
「あの人たちへの罰は、軽く、なりますか」
そこに、
“自分がどうなるか”は、
一切、含まれていない。
「赫ちゃんは……」
名前を呼ぶ声が、震えた。
「赫ちゃんは、
やっと、家でも、少しずつ笑えるようになって……」
視線が、膝に落ちる。
「俺が出しゃばって、
それ壊したくなくて」
学年主任の胸が、
強く締めつけられる。
「君は……」
声が、低くなる。
「君自身が、被害者だ」
翠は、小さく首を振った。
「……違います」
否定は、はっきりしていた。
「俺は、
選んで、ここにいます」
その言葉が、
あまりにも静かで、重い。
「赫ちゃんが守られるなら、
俺は……大丈夫です」
“慣れてます”
そう言いかけて、
翠は、口を閉じた。
言わなくても、
伝わってしまうから。
学年主任は、
しばらく何も言えなかった。
動画の中の声。
目の前の少年。
一致する、覚悟の痕。
「……君が出したことは」
ようやく、言葉を探しながら続ける。
「よほどの事がない限り、
約束通り、家族には伝えない」
翠の肩が、ほんの少しだけ落ちた。
「でも」
続く言葉に、
翠が、びくりと顔を上げる。
「これは、
赫“だけ”の問題じゃない」
学年主任の目は、真剣だった。
「君の命と安全が、最優先だ」
翠は、
何か言おうとして——
でも、言葉が出なかった。
その代わり、
小さく、呟く。
「……赫ちゃんが、
悪いって思わないなら……」
それだけ。
それだけが、
翠の願いだった。
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