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吉田さんにプロポーズするまでの佐野さんのお話。
告白した日のことは今でも鮮明に覚えてる。
3年前、仕事で疲れきっているはずの仁人がなぜか俺の家に来て、まるで自分の家かのようにくつろいで帰るというのが何日か続いていた。
その日は疲れがピークだったのか、帰ることを促しても「やだ」を繰り返すばかりでなかなか帰ろうとしなかった。
やっとそれ以外の言葉を発したと思えば、「俺ここに住む」なんて言い出すのだ。
きっと…いや絶対、冗談だった。けと俺はこれ以上ないチャンスだと思った。今ならだめでも冗談で済むのではと。ソファで寝転がっている仁人に目線を合わせるために床に膝をつき、頬に手を添えて言った。
「じゃあ住む?」
声色、表情、冗談だと捉えれなかったのか仁人は起き上がって俺を見た。
あぁ、これじゃただの同居のおさそいだ。
そうじゃなくて、ちゃんと……
言葉が出てこない仁人を見つめ返して言った。
「…俺、仁人と…」
「あ、いや…仁人が…」
「えっと…」
覚悟を決めたつもりが、いざ声に出すと続きが出てこない。
一度外した目線を再び仁人に戻すと、先程までの驚きはどこへやら、足を組んで顎に手を添えてにやにやと俺を見ていた。
「ん?なに?続きは?」
「お前…わかってんだろ…!察せよ! 」
鈍感なふりをする仁人に耐えきれず、立ち上がって仁人の横腹に手を入れてくすぐる。
それでも笑いながら 「わからないなぁ〜」なんて言うもんだから、そのままの勢いで仁人の上に覆い被さる。
要するに、押し倒している状態だ。
二人の顔が近くなって、耳をすませば鼓動も呼吸も聞こえてくる。じっと仁人の目を見て、今度こそ覚悟を決めて言った。
「好き。…俺と付き合って」
その言葉に耐えきれなくなった仁人は両手で顔を隠してしまう。その手を無理やり解いてもう一度目を合わせて、今度は俺がにやにやしながら返事を催促する。
しばらくの沈黙の後、仁人はやっと口を開いた。
「…よろこんで…」
その後、お付き合いを初めて、同棲もして、幾度か身体も重ねて。
気付けば3年が経って、グループでの活動はますます忙しくなっていった。
それでも家に帰れば最愛の人がいる。たとえ、泣いてしまいそうな日でも、喋るほどの気力がない日でも、同じベッドで眠れるなら次の日もその次の日も頑張ろうと思える。
いくら忙しいとはいえ、時が経てば少し落ち着いた時期は来る。
その期間、ずっと考えていた。
いつかはプロポーズがしたいと。
プロポーズとはいえ、俺たちは実際に結婚できる訳ではない。それでも、なにか永遠が誓えるものがあればいいと思った。
それを忙しい時期に流れるようにしてしまうのはなんだか違う気がして、ずっとずっとタイミングを見計らっていた。
いつ、どこで、どのように。
ひとりでは決めきれないので、沢山調べてメンバーにも相談した。
メンバーは2人のことを知っている。
付き合いたてのときは伝えるのに少し抵抗はあったが、メンバーに秘密を作るのは気が引けたし、後で聞かれるくらいなら先に言ってしまおうとふたりで決めた結果だった。
そのおかげで喧嘩した時も、こういうときも、相談に乗ってもらうことができている。難しい相談でも嫌な顔ひとつせず真剣に聞いてくれる。それが心地よかった。
その日は柔太朗に話を聞いてもらって、玄関の扉を開けて「ただいま」と呟くと、仁人がリビングから走ってきた。
「おかえり」
「ただいま。風呂入った?」
「今から」
「そっか。温まっておいで」
仁人は着替えを持って風呂場に向かっていった。その間に俺は仁人に渡す指輪を調べていた。
ネックレスや腕輪も候補にあったけど、やっぱり指輪があげたくて。この間寝ている時にこっそりと測っておいた。
調べていると思ったより時間が経っていたようで。隣にはタオルを首にかけた仁人が座っていた。
俺は慌てて電源を切り、サイドテーブルにスマホを置いた。
「仁人早いね。じゃあ俺も…」
と、ソファから立ち上がると服の裾を掴まれた。珍しいことをされている。
「まって」
「どうした」
「座って」
言われるがまま、ソファに座り直すと、仁人は俺の上に乗った。本当に珍しい。愛おしいなと思うと同時に、普段しないことをされると何かあったのかと不安になる。
「…あのさ」
やっと開かれた口からは、普段からは考えられないほど弱く、躊躇いながら出てきたものだった。
「ん?」
「今日なにしてたんですか」
「柔太朗と飯…ってあれ、俺言ってなかったっけ」
「ううん。聞いた。…聞いたけどさ…」
なんだかまた口をもごもごとしている。
急かすのも良くないと思い、その間に仁人の髪に手櫛を通す。
相変わらず綺麗な髪だな。
「…じゃあ、さっき何してたの」
「さっき?」
「俺がお風呂入ってる時」
「…調べ物」
嘘は付いていない。
もしかして、画面が見えてしまったのだろうか。それならだいぶまずい。
「…最近そういうの多いよね」
「え?」
「別に。なんでもない」
「いいよ、お風呂入ってきて」
そう言って半乾きの髪の毛をそのままに、寝室に向かおうとする仁人を今度は俺が止めた。
「まって。なんか…言いたいことあるなら、聞かせて…ほしい…」
そっと後ろから抱きしめたが、不要だと言わんばかりに腕は解かれた。
「…眠たいんですけど」
「寝ていいから!…あ、じゃあ、はい!仁人くん寝ました!寝てます!今からは全部寝言です!」
仁人はしばらく固まっていた。
恥ずかしさと諦めから俺も動けずにいると、仁人がため息をひとつ着いて小さく笑った。
「なに言ってんの」
「俺もねー、わかんない」
とりあえずもう一度仁人をソファに座らせて、そっと聞く。
「俺がなんかしたなら…ごめん。でも、言ってくれなきゃわかんない」
仁人と目は合わなかった。
けれど言葉は思いのほか早く紡がれた。
「じゃあ、これ寝言だから。」
「うん」
「寝言に相槌うたないでしょ」
たしかに、と思って今度は黙って聞いていた。
「…勇人はさっきさ、言ってくれなきゃわかんない、って言ったけど、俺もわかんない」
「勇人、何考えてるんだろうって」
寝言でも、そうでなくても、俺は黙ることしか出来なかった。
すると仁人はソファから勢いよく立ち上がって、俺の背中を押して脱衣所まで運んだ。
1人残された俺は、寝室に向かう仁人の背中を見て、このまま寝かせてはならないと感じた。
だから伝えた。
「仁人。あの、今はあれだけど、いつかちゃんと言うから!まってて!」
ばかすぎる。これじゃほぼネタバレだ。
あの日以降、特に変わったことはなく、いつも通りの日常が過ぎ去って言った。
しばらくして運良く重なったふたりの連休。
作戦を決行するにはぴったりのタイミングだった。
どこかに出かけた帰りだとか、オシャレなレストランだとか、候補はいくらでもあった。けれどなんとなく、二人だけの空間で言葉にしたかった。格好はつかないけど、家で過ごす何気ないタイミングを選んだ。
夜ご飯は特別豪華なものじゃない。
お互いの誕生日でもない。
テレビだっていつもと同じような。
お風呂に入って、あとは寝るだけ。
俺ははソファに座って、トントンと自分の左隣のスペースを叩いて仁人を呼ぶ。
それにつられて仁人はちょこんと座る。
名前を呼ばれると上目遣いで勇人を見る。
いつもと違う空気を感じたのか、少し不安げな表情を見せる。
「…なに」
「手、出して」
「え、あ…うん」
言われるがまま手の平を向ける。
ちょっと違うなぁと軽く笑ってくるっと手の甲に向け直す。
そして隠していた右手に持っていた指輪をそっと薬指に通す。
「…ぇ、」
薬指が光る。
じっと指輪を見つめたあと、俺の顔を見た。
よし。
「仁人、俺と結婚してください。」
その言葉を聞いた瞬間、仁人の頬には涙が伝う。見られるのが恥ずかしいのか顔を隠そうと下を向く。
すかさず仁人の涙を拭って両手で頬に触れる。
「…返事は」
また顔を隠そうと両手を顔の近くに持ってきたので容赦なくその手を掴んで、仁人の顔を覗き込む。目が合うと、しばらくの沈黙の後仁人が口を開いた。
「…よろこんで…」
本来ならもうベッドに入って眠りにつく時間だが、俺も勇人もなんだか寝付けなくてホットミルクを入れた。
「はい」
「ありがと」
一口飲んで、ソファにもたれ掛かる。
薬指に付けられた指輪を見て、なんとなく天井の証明にかざしてみる。
指輪なんて普段からつけているけれど、これだけは特別光って見えた。
というかサイズピッタリだな。いつ測ったんだよ。
「前にさ、仁人がなにしてたか聞いてきた時あったじゃん」
「…うん」
「あのときさ、これ調べてたんだよね。指輪…どれがいいかな、とか…ネックレスもいいな、とか…」
「そうだったの」
それなのに俺はあのとき、勇人に疑いの目を向けてしまった。
早めに帰ってくるとはいえ、外食が増えたことや、パッと携帯を閉じること、なんだか隠し事をされているような雰囲気。
今日、勇人に呼ばれた時、優しいのにいつもと違う空気を感じて、別れを告げられるのではないかと不安を感じた。
「ネックレスの方が良かった?」
「ううん。指輪の方が…なんか…その」
「結婚ぽい?」
「…うん」
勇人は満足気にホットミルクを口に運んだ。
「あ…でも仕事の時は外さないと…」
「つけててもいいのに」
「バレるじゃん」
「バレたらダメなの?」
「それは…」
俺の返事を聞いたあと、勇人の薬指にも付けた指輪。ごつごつとして俺より大きな手が好きだ。同じ指輪をつけているのも嬉しい。けど…
「うそうそ。言うタイミングはふたりで考えよ」
「…あ、でも。しばらく休みだから、仕事までは…つけてて欲しい」
「うん」
当たり前だった。仕事のある日だって、仕事が始まるまではずっとつけておきたい。
気付けばマグカップの中のホットミルクは無くなり、ふんわりと眠気が襲ってきた。
それを察したのか、勇人はマグカップを片付けて俺をベッドまで運んだ。
向かい合わせになって勇人の腕の中に収まる。
勇人の寝息が聞こえてくるのに時間はかからなかった。
「…これは寝言……だから、」
「勇人が隠し事してるの、ちょっと寂しかった」
「不安だったし、怖かった。離れていきそうで。」
なんだか恥ずかしくなって、勇人の胸に頭を押し付けて目を瞑った。しばらくすると鼓動が早くなるのを感じた。勇人の。
「お前起きてんだろ」
「…寝てます」
「起きてんな」
「だってなんかひとりで喋ってたから」
「うるせぇ」
勇人の背中に手を回して、思い切り抱きしめると頭の上で「ぐぇ」と鳴く声が聞こえた。
「不安にさせたのはごめん。けど、俺が仁人から離れることは無いから安心して。」
「…結婚、したし」
そう言って背中に回した俺の手をとって布団の中で恋人繋ぎをする。
「告白されたはそんなにかっこよくなかった」
「あのときはほぼ勢いだったんだよ」
思い出すなと言わんばかりに繋いだ手を強く握られる。痛いな。
「でもさ、結婚なら俺の苗字変わるってこと?」
「仁人嫁入りしちゃっていいの?」
「…別に…。吉田勇人は違和感あるし」
「別に悪くないけど」
「あと、苗字欲しいし…」
そう言うと勇人が「かわいい」って言いかけたので今度は俺の方から強く握りしめておく。痛がってる。
「…明日起きて夢だったらどうしよう」
「明日もプロポーズするよ」
「朝イチで?」
「朝イチで」
「最高の朝になりそう」
「じゃあ明日それで起こしてあげるよ。おやすみ、仁人」
「うん。おやすみ、勇人」
そうして俺たちは恋人繋ぎのまま深い眠りについた。
fin.