テラーノベル
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小さく囁くが返事はない。襖から漏れる光もない。
まさか部屋の中に居ないと言うオチは無いよなと思いながら、静かに襖を開けると、ちゃんと畳の上で布団で寝ている環がいた。
良かったと思いながら布団に近寄る。
部屋の壁沿いに鏡台と箪笥。文机。そこに環の私物の中に、カフェーの特集雑誌を見つけてしまい。
隠してしまいたい気分になった。
それでも、すっかりと部屋に馴染んでいるようで安心する。
丸窓の障子から月明かりが差し込み。この部屋の主人の金髪を月光色に輝かせていた。
「本当に美しい髪だ」
その場に座り。
寝ている環の顔を覗きこむ。
白い頬に、ふっくらした桜色の唇。長いまつ毛。整った呼吸。
見た目には体調に問題はなさそうに見えた。
ここで寝顔を確認して部屋を下がっても良かったが、もう少し環の寝顔を見たいと思った。
「良く寝ているな。起きていても良かったのに」
なぁ、環? と言いながら上着を脱ぎ。愛刀を畳の上に置き、壁に背中を預けて片膝を立てくつろぐ。
俺が喋りかけても当然だが、環は無防備にすやすやと眠るだけ。
平和だ。実に平和でいい夜だと思った。
ここには妖の耳障りな声はしない。誰かの怒号が飛んだり、戦いの喧騒、殺気とは微塵も縁がない場所。
安心して眠る吐息に、丸窓から聞こえる微かな風の音。全てが優しい夜に包まれている。
「そうだ。俺が守りたいのはこう言う、当たり前
のことだ」
幼少期。自分の力に振り回され、力を暴発させて化け物と言われた。
妖よりよっぽど俺の方が、化け物染みていると嗤われ心が荒んだ。
俺以外の人間全てが煩わしく、こんな世界どうでもいいと思ったことがある。
俺と環は境遇が似ているかもしれない。
力を持つゆえに疎まれた俺と環。
似たもの同士だから、最初から近親感を抱いてしまった。
今でこそ過去をこうして振り返ることが出来るのは両親や、力の使い方を教えてくれた大人達がいたから。それに尽きる。
その人達は俺を化け物扱いせず。
普通の子供と同じように接してくれて、俺が勉強をサボれば怒ってくれた。良い点数を取ればちゃんと褒めてくれた。
特別扱いされないこと。それが嬉しかった。
「環、俺は昔から品行方正ってわけじゃない。むしろ周囲を困らせ、可愛くない子供だったと思う」
ふっと笑う。
「それでも根気よく、子供の俺に指南をしてくれた人達が居た。それはずっと続くと思っていた。俺の他愛のない話しに付き合ってくれて、一緒に虫取りをしてくれるとか……笑ってくれたり。怒ったりして……」
そんな中でようやく力もまともに使えるように、段々と制御が出来てきて。
頑張れば、明日もまた皆が褒めてくれる。だから明日も頑張ろうと、思っていたら──。
「俺に良くしてくれた人達が死んだ。妖祓いで命を落とした。ずっと続くと思っていた、毎日はあっさりと崩壊した」
横に置いた愛刀の鞘に手を置く。
俺がもし、もっと小さな頃から真面目に勉強をして、力を扱えるようになっていたら。
ひょっとして誰も死ななくても済んだのでは。
何故、優しい人達が死ななくてはいけないのか。
死ぬのならワガママでガキの俺が死ぬべきではと、本気で思った。
「全く、世の中は理不尽だ。力が無いと吠えることもできない。何一つ守れやしない」
黒漆の鞘肌をそっと撫でる。
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