時刻は午前3時。
悲痛な叫び声とともに発生したのは、麻山一家殺人事件であった。 しかしこの事件には不可解な点が数多くあり、未だに解決には至っていない。
後に近所の住人はインタビューへこう答える。
「まるで人ならざる者の叫び声のようだったよ」
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とある日の放課後、男女が校舎裏で結ばれようとしているようだ。
「わわわ私っ、ずっと、聖司くんのことが…」
この今にも告白しようとしている少女は柴田八重である。ダークブラウンの髪を肩まで垂らしており、ぷっくりとした唇に団子鼻が可愛らしい印象を与える。
「聖司くんのことが…何?」
微笑みながらもイジワルなこの少年は津田沼聖司。モデルのような体型に加え、すっと通った鼻筋にくっきりとした二重が美しい人物であった。
「ほら、早く」
「その、えーとえーと」
笑顔を向けられた八重は硬直してしまう。
自分の顔は見えなくとも、茹でタコのように真っ赤になっているのはわかった。
なかなか言葉を紡ぎ出せないでいると、聖司は苦笑しながらもそっと手を取って両手で包みこんだ。
「こんなことをされても嫌がらないような関係になりたいってことでいいのかな?」
だめ。
心拍数が上昇し過ぎて私死んでしまうかもしれない!驚きと嬉しさで頭がぐるぐるしている。早く、何か返事しないとっ
仕事しなさい私の頭っ!
「うぁい」
「うぁい?」
情けない声が出て慌てて口をつぐむ。
馬鹿ーーー!と脳内で自分を罵倒していると、やがて笑い声が聞こえてきた。
「はいって言ってくれようとしたんだよね?面白いなぁ八重ちゃんは」
もう頭がヒート状態。成功した嬉しさと恥ずかしさとがごっちゃごちゃになって体温がなかなか下がらない。体感100度は優に超えている。
しかしひんやりとした風が体を吹き抜けていくからか、なかなか心地よかったりする。
こうして私の人生初告白?は無事に成功した。
「やったじゃないの!お祝いだぁお祝い!」
私の成功を何よりも喜んでくれたのは母だった。
長年私の恋バナに付き合わせていたもんなぁと考えると改めて本当にありがたかった。
「アホ姉を選ぶとか大丈夫かよカレシさん 」
この生意気な口をきくのは弟の栄二。
中学2年生になってからはさらにウザさが増したように感じる。
でも顔はそこそこいいからか、彼女はいるらしい。
「八重、ずっと付き合いたいって言ってたものねぇ!お母さん応援しちゃうわ」
「えへへありがとう」
照れくさくて、でも嬉しい。
でも本当に夢みたいで 実感は全然ないけど、こう、なんとなくふわふわした感覚がずっと続いているのだ。
私は幸せだった。
「お父さんには内緒にする?」
いたずらを仕掛けた直後の子供のような笑みを浮かべながら母が訊いてきた。
「あぁそうだね。絶対に嫉妬してきてめんどくさいだろうし」
そう言うと私はまだ温かい肉を口に運ぶ。
じっくりコトコト煮込んだのだろう。
味が染み込んでいて口の中がとろけそうなくらい美味しかった。
「そういえば、お相手の名前はなんていうのかしら?」
「あれっそういえば言ってなかったっけ」
そうだ。恋バナのときも恥ずかしくて名前までは出していなかった。
「ええそうよ。先輩?」
「いや、クラスメイトだよ!名前は津田沼聖司くん」
「えっ」
突然母の顔が曇った。
「ん、どうしたの?」
聖司くん、なにか悪い噂でもあるのかな、?
そう心配したものの、私は慌ててその考えを手ではらった。
彼女が彼氏を信じなくてどうするの
母はまた笑顔を作って私に言った。
「いいじゃない」
私は違和感を覚えたが、その後お風呂に入って寝る頃にはそんなことすっかり忘れていた。
ピピピピッ!ピピピピッ!
「んー…うるさいなぁ」
手探りで目覚まし時計を探すと、無理矢理止めてまた寝ようとした。
今日は土曜なのに目覚ましをセットするなんて本当に浮かれてるのねなんて考えていると、今度はヴーとスマホが鳴った。
「もー何!寝かせてよっ!」
半ばイライラしながらも画面を開くと、そこには聖司くんからの着信があった。
昨日連絡先を交換してから初めての通話のため、私は慌てて折り返し電話をかけた。
「もしもし」
「もしもし!ごめんねでれなくて」
さっきの怒号を発した人と同一人物とは思えない声のトーンで話すと、自分でもおかしくなってしまった。
「いやいいんだ。こっちこそ朝早くにごめんね」
…これで許しちゃうのが開発盲目ってやつか
「それはいいんだけどどうしたの?」
むくりと布団から起き上がり、着替えを始めながら訊いた。
こんな朝早くから聖司くんと電話できるなんて夢以外の何ものでもない
「実は、近々君の家に行ってみたくてさ。」
「私の家に来るって、?」
「お家デートってやつ」
デート。
この響きが脳内を反響した瞬間、無意識にOKを出していた。
ピンポーン
来た…!胸の鼓動が高まる。
「はあいどうぞ」
「お邪魔します」
結局日時は私から提案して今日になった。
家族には出掛けてもらっているからこの家には私と聖司くんの2人だけ。
「わぁお洒落な家だね!」
「お洒落なのは聖司くんの方だよ」
「え?」
「なんでもない!」
やっぱりだめだ。恋人を素直に褒められないなんてこのばかっ!へたれっ!
でも実際聖司くんはグリーンのポロシャツにジーパンという比較的ラフな格好をしているが、
すごくかっこよく見える。
本当になんで私と恋人になってくれたのだろうと思うほどに。
「じゃあお茶持ってくるから待ってて」
「うん!ありがとう」
浮かれ気分でコップに麦茶を注ぐ。
憧れだった聖司くんが今この瞬間家の中にいるという事実だけで幸せだった。
そしてお茶とお菓子をおぼんにのせ、聖司くんがいるリビングへ向かう。
「聖司くんおまた…」
足も口も止まる。
そこには私の家族の写真を凝視している彼の姿があった。
「あっ八重」
聖司くんは平然とこちらに人懐こい笑顔を浮かべる。
「何してるの…?」
「あぁ、これ?素敵な家族だなと思ってさ」
そう言うとそっと写真から離れ私のお菓子を眺める。
「あっこれ僕の好きなお菓子じゃん!ありがとね」
「あ、うん」
別に彼女の家族の写真を見ることは変じゃない。
そう考えてそこからは映画を見たりゲームをしたりなどして楽しんだ。
そして、やっぱり彼を好きだなと思った。
笑う時に揺れる髪も、ゲームに負けて悔しい時にするしっとりとした表情も、すべて。
そして夜になり、彼が帰るのと入れ替わるように親が帰ってきた。
だけど私は沢山笑って疲れていたので、彼が帰ってすぐ布団の中で気絶したように寝落ちをした。
沈むシーツの中でも彼を想っている自分を少々重いななんて微笑みながら。
ただ人というのは早く寝ると早く起きてしまうもの。
私は午前3時くらいに目が覚めたので水でも飲もうとリビングへ向かった。
全員寝ているかと思っていたが、リビングには電気がついていて、話し声が聞こえた。
母と、父だろうか。
「…が……を…… 」
壁にそっと耳を当てた。
なんとなく中に入るのをためらってしまったのだ。
なんて言ってるんだろ?
「つだぬま……しょう…い…わ……」
つだぬま?
え、津田沼聖司くんのことだよね。なんでお母さんがそんな話を?
とにかく一度深呼吸をして再度耳を澄ます。
「まさか彼氏になるなんてね」
「殺人事件を経験したのによくもまぁ俺達の娘と付き合えるよ。 」
「ええほんとに」
「なにか裏があるんじゃないか?」
「裏?」
「例えば娘を殺そうとしているとか」
「そんなまさか!」
「しっ!静かにしろ」
え?
何、殺人事件って言ったの?
それに聖司くんが私のこと殺そうとしているって、そんなまさか
意味がわからない。どういうこと?
ギリッと壁に爪をたてる。
頭が追いつかない。これは夢だよね。
わけもわからないまま部屋に戻った。
もう寝よう、寝たら忘れるでしょ!なんて考えて無理矢理目を閉じた。