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夕方、俺の部屋。
陽翔さんが、ドアを開けて入ってきた。
「ねえ、ちょっとだけ……話、してもいい?」
ベッドに腰かけた陽翔さんは、少しだけ笑ってた。
でも、目は――笑ってなかった。
「俺、もうわかってたんだ。奏と、君が……」
「手、つないでたことも。傘の下で、何かあったことも」
俺は息をのんだ。
「なんで……知って……」
「偶然、見ちゃったんだ。あの日。
ふたりが並んで帰ってくるの、窓から。
楽しそうで、近くて、……俺、見てられなかった」
陽翔さんの声が震えていた。
「なのに、俺さ……ずっと待ってた」
「“俺のことも見てくれるかも”って」
「……バカみたいだよね」
「陽翔さん……」
「好きだよ」
「誰よりも、君のこと。ずっとずっと、一番近くにいたくて、兄って呼ばれるたびに嬉しくて――」
「……でも、もう“兄弟”って言葉じゃ足りなかったんだよ」
俺は、何も言えなかった。
胸が痛い。
苦しい。
陽翔さんを、そんな顔にさせたのは――俺だった。
「でもね、君が奏と手をつないでるの、見て思った」
「“負けた”って」
陽翔さんは立ち上がった。
ドアの方へ向かう、その背中がやけに遠く感じた。
「俺がいない時の君は、奏にしか見せない顔をしてた」
「……ずるいよ、ふたりとも」
そしてドアの前で、一度だけ振り返った。
「それでも、まだ好きでいるから」
「……諦められるわけ、ないじゃん」
扉が、静かに閉じられた。
俺は――
動けなかった。
涙が頬をつたっても、呼び止める声は、出なかった。