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「お義母様……」
凪はいまだに慣れぬ義母の服装を一瞥する。
和風の薬屋に似合わぬ、シフォンのブラウスに細身のロングスカートの洋装。元々しっかりした顔には、はっきりとした意思を感じる化粧が施されている。
「あなたのお世話は私の役目ですわ。部外者などいりません」
翠は源一郎の横に立ち、盆を置く。
「さあ、あなた。お薬の時間ですわよ」
薬が入った湯呑みを父の前に置いた。
しかし、源一郎の手は伸びない。
「あの医者はヤブだっ。喘息が全く治らん!」
「気長な治療が必要なんです。だからほら、飲み忘れないようにお飲みくださいませ」
翠が渋る源一郎の手に湯呑みを持たせた。
それを見ていた凪は眉を下げる。
「父上、私が処方します。その薬を飲んでから症状が悪くなっていますもの」
そのとき、翠が眉を上げて凪に振り向いた。
「あなたが処方した薬だって効果なかったじゃないのっ!!」
怒りが滲む声で凪にそう叫んだ。
凪は思わず息を飲んでしまう。
「翠、やめなさい。薬は飲む」
ようやく源一郎は湯呑みへと手が伸びた。
その姿に、翠は満足げに頷く。
「凪さん。この人はもう医者を頼りにするしかないのですから、あなたは引っ込んでいなさい」
翠は腕を組み凪へと凄んだ。
「凪の腕前はわしも認めているんだ。そんな言い方はやめなさい」
源一郎がピシャリというと、翠は目を丸くする。
「あら、だったらその能力は、もう意味がないですわね」
「なんのことですか?」
凪が眉を寄せて尋ねる。
「あらやだ。まだお伝えしてないのね。慶事は早めに進めないと。あなた、ほら早くっ」
翠に急かされた父は、一度、小さく咳払いをした。そして、少し戸惑う表情を見せる。
「凪。お前に縁談がきた」
「私に? 一体、どなたからですかっ?」
自分には無縁だと思っていたものに、息が詰まった。
「──軍医からだ」
「軍……医?」
「朔也と同じ隊だったそうだ。帝国医学部卒の軍医少佐で、将来を嘱望されている人物だ」
凪の顔色が一気に変わる。
「兄様が帰ってくるまでは、ここに残ります!」
すると、源一郎は無言になる。
代わりに翠がこの場に似合わない笑みを浮かべる。
「凪さん。そのことなら、もういいのよ」
「よくありませんっ! 私が麒麟堂を守ると兄様と約束したんですから……!」
翠は呆れるように小さく息を吐いた。そして帳場の引き出しから一通の手紙を取り出した。
「あなたったら、大切なお知らせをしまい込んだままにして」
源一郎は翠が手にしている手紙を一瞥すると、すぐに目を伏せてしまった。
翠はコツコツとハイヒールを鳴らして凪の前に立つ。そして、手紙を開いて見せた。
その紙に記されているある文字が、凪の目に飛び込む。
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謹啓
貴家ご子息 朔也殿は、○月○日、○○方面における衛生勤務中、戦死されました。生前の御勤務に対し深く敬意を表するとともに、謹んで哀悼の意を表します。ここにご通知申し上げます。
陸軍○○連隊
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(戦死────)
「え……」
凪は言葉に出すことができない。頭から血が下がるのがわかる。足元がふらつき、思わず机に手をついた。
翠は悲しむ表情で、そっと凪の耳元で言う。
「朔也さん、戦死されたのよ」
「嘘……よ」
凪はうまく息ができず、胸に手を当てる。
「……残念なことだった。だが、麒麟堂はお前が背負う必要はない」
源一郎の言葉に凪は、はっと顔をあげる。
「軍医との縁談は悪い話ではない。凪、お前も自分の将来を考えなければならん」
源一郎はそう言いながら、最後まで凪と目を合わせなかった。
凪の目から、大粒の涙がぽろぽろと流れる。それを拭き取ることもできなかった。
「私はっ、嫌です!!」
それだけをいうと、凪は奥座敷へと走った。部屋に入ると扉を閉め、兄の薬研の前に座り込んだ。
「……兄様、なぜ……っ」
朔也が最後に手を上げたとき、朝日の光を照り返した金ボタンを思い出す。
凪は揺れる視界に映る薬研にそっと触れる。そして、それを大事に抱えた。
「絶対に嫌っ。兄様が与えてくれたこの居場所は離れない!」
そして、さらに薬研を強く抱きしめる。
「麒麟堂は、私が守る!!」
凪は泣き腫らした目で、そう口に出していた。