テラーノベル
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俺は握っていたシャーペンを床に落とし、頭を抱えて、命乞いでもするようにハルに謝り続けた。
なのに、それを止めるように、ハルは俺を抱きしめてきた。
「ありがとう」
想像もしなかった言葉に、俺はハルと目を合わせながら固まった。
「な、んで、お前が俺に感謝なんか……っ」
「…あのとき、あっちゃんが、辻先輩を殴るに至った理由、聞いたんだよ」
「は、きっ聞いたって…あ、あいつになにもされてないよな…っ?!」
「大丈夫だよ、僕が直接本人に聞いたんじゃないんだ。つい昨日、先輩が他の生徒にそのことを愚痴ってるの聞こえて」
「それで、あのときあっちゃんになにも言えなかったこと、ずっと後悔してたんだ」
「……っ、…俺、本当にかっこ悪いな」
「そんなことない…!!あっちゃんは、僕を助けてくれたんだよ。だからさ…」
ハルは俺の背中に回した腕に力を込めて、静かに言った。
「いつもなにか一緒に勝負してたときみたいに笑ってよ、悪童っぽい顔してよ、泣いてないでさ…」
そう言って俺の涙を指で優しく拭うハルの手は、とても暖かかった。
「お前こそ、泣いてんじゃねえよ…泣き虫」
「うん……いつもの、あっちゃんだ…ふふっ」
そこからは、よく覚えていないが、ハルは俺の心を救ってくれた。それだけは強く印象に残っている。
────────
─────…
それから10年以上経った今、そんなことを思い返していると、ハルが首を傾げて聞いてくる。
「え?本当にどしたの?」
「な、なんでもない」
「そう…?…ってそうだ、昨日の言葉も気になってたんだよね」
「昨日の、言葉?」
「ほら…僕のせいで15年間も脳みそ狂わされた、とかいうやつ……?」
「え……いや、あれは、気にすんな。なんでもないし。俺もだいぶ酔ってたし、変なこと言ってお前に八つ当たりしちまっただけだから。忘れろ」
「そ、そう?ならいいんだけど」
ハルはあっさりとそう言うと、会話が終わりに近づいているのがわかる。
だから俺はこのチャンスを逃すわけにはいかない。
声を上げた。
「なあ……ハル、今週末、暇か?」
「え?…日曜日なら、いいけど…なんで?」
「じゃあハチ公前集合な。」
「え!ちょ、あっちゃん…?!」
ハルに拒否させる隙を与えないために、それだけ言って場を去る。
今回のお詫びも兼ねて、アイツの好きなスイーツを奢る。
完璧な計画だ。
まあ、本当はただ、理由付けてハルと一緒に出かけたかっただけだが。
なんとか約束は取り付けられた…よな。
◆◇◆◇
そうして日曜日を迎えた。
俺は約束のハチ公前へ向かう。
時間にはかなり余裕を持って来たため、ハルはまだ来ていなかった。
暫くスマホに目を落としたり、周りを見回したりしながら、大人気もなくそわそわしていた。
すると前方から、懐かしい声がした。
「あっちゃん!」
「あ……ハル……」
思わず声が裏返る。
だって、今日のハルは、いつもの何倍も可愛かった。
パステルカラーのゆったりとしたシャツを身にまとっていて、その柔らかな色合いは、どこか温かみを感じさせた。
ハルの天使のような雰囲気を一層引き立てている。
シャツの下に合わせたスリムなジーンズは、脚をすっきりと見せつつも、カジュアルさを忘れない。
足元には、真っ白なスニーカーが軽やかに輝き、清潔感とシンプルなスタイルを完璧に仕上げていた。
その上に羽織ったデニムジャケットは、軽い質感でありながら、程よいアクセントを加えている。
髪は少しだけ無造作にセットされ、柔らかく風になびく。
耳には華やかで大人かわいい花のピアスも付けていて、パステルな雰囲気とマッチしている。
「あ……それ、似合ってるな」
俺の口から、無意識にそんな言葉がこぼれ落ちる。
「え?そう?……ありがとっ!これ、新しく買ったんだ~!あっちゃんにそう言ってもらえて嬉しいよ」
ハルは満面の笑みでそう言ってくれた。
その笑顔に、俺はまた嬉しくなって舞い上がる。
「あー…今日はこの前の詫びだから、スイーツぐらい奢ったる。」
「え?いいのに……あ!でもそれなら僕、行きたいとこあるんだけど!」
「お、おう。どこだよ?」
「えっとねー……」
ハルの希望で向かったのは、最近できたばかりのカフェだった。
店内に入ると、すぐに席に案内される。
メニュー表を見ると、どれも美味しそうで、ページの最初と最後を何度も往復した。
迷った結果、俺は無難にパンケーキとコーヒーを頼むことにした。
ハルはというと「この季節限定のやつにする!あとこれとー、これにする!」と、嬉しそうに注文しだす。
その様子を眺めていたら、顔が緩むのも時間の問題で、ついニヤけてしまう。
「あっちゃんは決まった?」
「ああ。俺はこのパンケーキにコーヒーだな」
それからしばらくして運ばれてきたパンケーキはめちゃくちゃ美味しかったし、何よりハルが満足そうでほっとした。
まあ、そういうこともあってか帰り際になると、俺は名残惜しい気持ちが込み上げてくるわけで。
ハルと一緒にいれるのが、今日だけだと思うと、寂しくて。
なにか口実…このさき、ハルと一緒にいられる方法なんてねえかな、と考える。
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