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脳死で見てください(?)ツンデレの太宰さんかわいいと思うんですよ・・・あ、太宰女体化
ポートマフィアの最下層にある、湿り気を帯びたコンクリートの通路。そこは、陽の光など一生届かないはずの場所だというのに、中原中也にとっては、目の前で揺れる包帯の白さだけが、妙に眩しく焼き付いて離れなかった。
「中也なんて、本当に、この世で一番嫌いだよ。死んじゃえばいいのに。いや、私が死ぬ時に道連れにするのも汚らわしいくらいだ」
吐き捨てられた言葉は、鋭利な刃物の形をしている。それを投げつけているのは、組織の首領が寵愛する「奇跡の才女」、太宰だ。 彼女は今、中也の執務室のソファを占領し、長い足を投げ出して不機嫌そうに頬を膨らませていた。
「あぁ、そうかよ。嫌いか」
中也は、書類にサインする手を止めもせず、喉の奥で低く笑った。その笑い声には、怒りも呆れも混じっていない。ただ、愛しくてたまらない宝物を眺めるような、深い慈愛が滲んでいる。
「……何、笑ってるんだよ。気持ち悪い」 「いや。お前が俺を嫌いだって言うたびに、その声が震えてるのが、たまらなく可愛いなと思ってな」 「っ、……死ね! 本当に死ね! 脳筋! 蛞蝓! 重力使いの癖に、自分の頭の軽さはコントロールできないのかい!?」
太宰は顔を真っ赤にして立ち上がり、中也の机を激しく叩いた。 太宰♀という生き物は、極めて厄介だ。頭が良すぎて、先が見えすぎて、自分自身の存在価値をどこにも見出せない。だからこそ、彼女は「愛」という不確実なものを信じることができない。 中也がこれほどまでにストレートに、行動でも言葉でも「お前が必要だ」と示しているというのに、彼女の歪んだフィルターを通すと、それはすべて『相棒としての利便性』や『首領への忠誠心』に変換されてしまう。
(この男が、私みたいな空っぽの女を、本気で好きになるはずがない)
それが、彼女の胸の奥に居座る、重くて黒い真実だった。
「中也、君は勘違いしている。私をそんな風に見るのをやめろ。私は君の所有物じゃないし、君に愛される資格なんて、これっぽっちも持ち合わせていないんだよ」
太宰の声が、ふっと温度を失う。メンヘラ、と揶揄される彼女の精神性は、沸騰と氷結を繰り返す。 中也はペンを置き、椅子を引いて立ち上がった。そして、机越しに太宰の細い首筋に手を伸ばす。 太宰は逃げなかった。いや、逃げられないことを知っていた。
「資格だの何だの、小難しいことばっかり考えてるから、そんなに顔色が悪ぃんだよ。太宰」
中也の指先が、太宰の頬を撫でる。その手つきは、壊れやすい硝子細工を扱うように慎重だ。 中也自身、精神的に安定しているわけではない。荒ぶる異能「汚濁」を抱え、己が人間であるかどうかの境界線で常に揺らいでいる。だが、太宰を前にした時だけは、彼は揺るぎない「北極星」になろうとする。
「俺は、お前が俺を嫌いでも構わねえよ。俺がお前を好きだって事実は、お前の許可なんて必要ねえからな」 「……傲慢だね」 「ああ、傲慢さ。マフィアだからな」
中也はそのまま身を乗り出し、太宰の額に自分の額をそっと押し当てた。 至近距離で交わる視線。太宰の瞳は、吸い込まれそうなほど深い闇を湛えているが、その奥で、小さな光が怯えるように震えているのを、中也は見逃さない。
「今日、任務で怪我しただろ。見せろ」 「……関係ない」 「関係ある。俺の女が傷モノになるのは、俺のプライドが許さねえ」 「誰が君の女だ! 一緒に死んであげるって言ったことはあっても、付き合ってあげるなんて一言も言ってない!」
「付き合ってるみたいなムーヴ」は、二人の日常だった。 中也は太宰の食事を世話し、彼女が不眠に苛まれれば夜通し隣で背中を叩き、任務先では当然のように彼女を庇い、宝石のような瞳に見惚れていることを隠さない。 それなのに、決定的な「契約」だけが結ばれていない。 中也はいつだって「好きだ」と言っているが、太宰はそれを「狡い男の処世術」だと決めつけ、頑なに拒絶することで、自分の心の平穏を保っていた。
「……中也。君が私を好きなんて、嘘だよ」 太宰が、消え入るような声で囁く。 「私の知略が欲しいだけだろう? 私の異能が無効化に便利だから、そばに置きたいだけなんだろう? そうじゃなきゃ、こんな性格の悪い女を、誰が好きになるものか」
中也は溜息をついた。 この天才少女は、他人の嘘は見抜けるくせに、自分に向けられた純粋な情熱だけは、どうしても信じることができない。 彼女にとっての「愛」は、自分を縛り付け、利用し、最後には捨て去るための甘い罠でしかないのだ。
「お前さ……。俺が利便性だけで、わざわざお前のために高級な蟹の缶詰を取り寄せたり、お前が死にたいって喚くたびに心臓をバクバクさせて駆けつけたりすると思ってんのか?」 「……それは、君が暇人だからだよ」 「あー、そうかい。俺は死ぬほど忙しい暇人だな」
中也は苦笑しながら、太宰の腰を抱き寄せ、そのまま彼女を机の上に座らせた。 バサリ、と書類が散らばるが、そんなことはどうでもよかった。 中也の荒い鼻息が、太宰の鎖骨あたりに触れる。
「太宰、お前は俺を嫌いだって言え。百回でも、千回でも、死ぬまで言えばいい」 中也の声が、低く熱く響く。 「そのたびに、俺はお前が愛しくて堪らなくなる。お前が俺を拒絶すればするほど、お前が俺以外の誰の元にも行けねえように、じっくりと、逃げ場を失くしてやるからな」
太宰の肩が、びくりと跳ねる。 これは、脅迫だ。けれど、これ以上に甘美な愛の言葉を、今の太宰は知らない。 「死ね」という言葉でしか繋がりを確認できない太宰にとって、中也の「逃がさない」という執着は、何よりも確かな救いだった。
「……中也は、馬鹿だね。本当に、救いようのない、ただの馬鹿だ」 太宰は、中也の黒いベストの裾を、ぎゅっと掴んだ。 「私がいつか、本当に君を裏切って、どこか遠いところへ消えてしまったら、どうするつもりだい?」 「追いかけるに決まってんだろ。地獄の果てまでな」
即答だった。 太宰は、その言葉にわずかに体温を上げた。 (ああ、この男は。なんて、残酷で、優しいんだろう) 太宰は中也の首に細い腕を回し、その耳元で、呪いのように囁く。
「……じゃあ、試してみようか。君がどこまで私を追いかけてこられるか。もし途中で諦めたら……その時は、本当に君を殺して、私も死ぬよ」 「ああ、上等だ。やってみろよ」
中也は、太宰の唇を指でなぞる。 付き合っていない。恋人ではない。 けれど、彼らの間にあるのは、そんな安っぽい言葉では到底説明できないほどの、深い執着と、共依存の闇だった。
「中也……嫌い。大嫌い。世界で一番、大嫌い……」
太宰がそう言いながら、中也の胸に顔を埋める。 中也は、彼女の細い背中を大きな手で包み込み、満足げに目を細めた。 「嫌い」という言葉を吐くたびに、太宰が自分に依存していくのを、彼は明確に感じていた。 彼女が自分を信じられないのなら、信じなくていい。 ただ、中也という重力に抗えなくなり、墜落し、最後には自分という牢獄の中でしか息ができなくなればいい。
「いい子だ、太宰。もっと言えよ。お前のその可愛い唇から、俺への呪いを吐き出し続けろ」
中也の指が、太宰の包帯の下に潜り込む。 太宰は、短く悲鳴のような吐息を漏らし、さらに深く中也にしがみついた。 その姿は、周囲の人間が見れば、どう見ても熱烈に愛し合っている恋人同士のそれだった。
「……ふふ、あはは! 本当に、中也って変態だね。嫌われて喜ぶなんて」 「お前に言われたくねえよ、このメンヘラ女」
罵り合いながら、二人の顔が近づく。 唇が触れ合う寸前で、太宰がいたずらっぽく視線を逸らした。 「まだだよ。キスは、君が私の靴でも舐めたら考えてあげる」 「……へっ、高飛車なこった。だが、そういうところも嫌いじゃねえ」
中也は、太宰の首筋に顔を埋め、深くその香りを吸い込んだ。 薬品の匂いと、微かな石鹸の香り。そして、死を夢見る少女特有の、冷ややかな体温。 それを独占しているという事実だけで、中也の歪んだ独占欲は満たされていく。
「太宰」 「なあに、蛞蝓」 「俺は、お前を離さねえぞ。お前がどんなに自分を汚いと思ってようが、俺にとっては、この世で唯一の、最高の女だ」
太宰は、その言葉を聞いて、心臓が痛いくらいに跳ねるのを感じた。 (嘘だ。嘘に決まってる。でも……) でも、もしこれが本当なら。 自分を嫌い抜いている自分を、この男だけが肯定してくれるのだとしたら。
「……なら、証明してよ。一生、私のことを追いかけて、私の絶望を全部、君の重力で握りつぶしてよ」 「言われなくても、そうしてやる」
二人の関係に、名前はない。 「恋人」と呼ぶにはあまりに殺伐としていて、「相棒」と呼ぶにはあまりに情熱的すぎる。 それは、横浜の闇に咲いた、一輪の毒花のような関係。
「……中也。やっぱり、君は嫌い」 「おう。俺も、お前が大好きだ」
噛み合わない言葉が、夜の執務室に溶けていく。 太宰は、中也の腕の中で、ようやく小さな安らぎを見つけた。 自分を嫌いな自分を、そのまま受け入れて、愛し続けてくれる唯一の怪物。 中也という重力に囚われている限り、自分はまだ、この世界に繋ぎ止められていられる。
(いつか、君が私に飽きる日が来たら……その時は、本当に世界を終わらせてあげる)
そんな物騒な決意を胸に、太宰は中也の髪に指を絡ませた。 中也は、彼女が何を考えているのかを察しながらも、ただ強く、その体を抱きしめ返す。 彼女が不安定であればあるほど、自分の腕の中の価値が上がることを、彼は本能で理解していた。
窓の外では、横浜の海が静かに波打っている。 十五歳の、まだ何者でもなかった二人の夜。 愛という名の呪いと、嫌いという名の祈りが、複雑に絡み合いながら、彼らを未知の未来へと運んでいく。
付き合っていない。けれど、離れることもできない。 そんな、狂おしいほどに「中太」らしい、青の時代のひと幕。
「ねえ、中也」 「なんだ」 「……明日も、私のこと、見つけ出してね」 「当たり前だ。どこに隠れてようが、引きずり出してやるよ」
太宰は、満足げに瞳を閉じた。 自分を「嫌い」だと言い合える相手がいること。 それは、死を望む少女にとって、唯一の「生」の実感だった。
中也は、眠りに落ちようとする太宰の耳元で、もう一度だけ、彼女が最も信じていない、けれど最も求めている言葉を、呪文のように繰り返した。
「好きだよ、太宰。世界で一番、お前を愛してる」
その言葉に、太宰の睫毛が微かに震えた。 彼女が本当に、その言葉を信じて微笑む日は、まだずっと先のことかもしれない。 けれど、今はそれでよかった。 この、付き合っているようで付き合っていない、歪な距離感こそが、彼らにとっての「正解」なのだから。
横浜の夜は、数年前と変わらず潮の香りと欲望が混ざり合っている。 ポートマフィアの幹部としての地位を不動のものにした中原中也は、深夜二時を回った頃、ようやく自宅マンションの重厚な玄関ドアの前に辿り着いた。 今日は異能特務課との厄介な調整と、その後の「掃除」が長引き、予定よりも三時間は遅れている。
中也が鍵を差し込もうとした、その瞬間だった。
内側から勢いよくドアが跳ね上がり、夜の静寂を切り裂くような声が響く。
「遅い! 遅すぎるよ、この莫迦中也ぁ!! どこで何を油を売っていたんだい!? さては別の女と心中する約束でも取り付けていたんだろう! そうだろう!?」
飛び出してきたのは、緩やかな寝間着に薄手のカーディガンを羽織っただけの太宰だった。 数年前よりも少し大人びた横顔。けれど、その瞳に宿る、自分でも制御しきれないような剥き出しの独占欲と不安は、あの「青の時代」のままだ。
「おい、太宰……。近所迷惑だっての。こんな時間に外で喚くな」 「喚かずにはいられないよ! 君が連絡もよこさずに三時間も遅れるなんて、私がどれだけ悪い想像を膨らませたと思っているんだい! 焼死、溺死、あるいは私を捨てて高飛び! どの選択肢も最悪だけど、君がいない世界で私だけが取り残されるのはもっと最悪だ!」
太宰は中也の胸ぐらを掴み、その小さな拳でポカポカと叩きつける。力は入っていない。ただ、彼女の指先が小刻みに震えているのを、中也は見逃さなかった。 中也は溜息をつきながら、開け放たれたドアを足で閉め、太宰の肩を抱き寄せて部屋の中へと促す。
「悪かったよ。端末が戦闘の衝撃でイカれちまったんだ。ほら、これだ」 中也が差し出したのは、画面が粉々に砕けた通信端末だった。それを見た太宰は、一瞬だけ安堵の表情を見せたが、すぐにまた般若のような形相に戻る。
「……言い訳だね。君なら重力で通信衛星の一つや二つ、地上に叩き落としてでも私に連絡できたはずだ」 「無茶言うな。……ったく、玄関まで飛び出してくるなんて、お前、俺のこと待ちわびてたんじゃねえのか?」
中也が意地悪く笑うと、太宰は弾かれたように顔を背け、ソファへ逃げ込んだ。
「勘違いしないでよ。私はただ、君がいないと明日の朝食の蟹の缶詰を開ける人がいなくて困るから心配しただけだ。君のことなんて、一秒だって好きだと思ったことはないし、むしろこの世で一番、視界に入れたくない嫌いな男だよ!」
「嫌い」という言葉。 数年前なら、その言葉一つに中也の胸も僅かに痛んだかもしれない。だが、今は違う。中也はコートを脱ぎ捨て、太宰が丸まっているソファの隣に、当然のような顔をして腰を下ろした。
「ああ、そうかい。嫌いか」 「そうだよ、大っ嫌いだ! 君のその暑苦しい忠誠心も、無駄に鍛えられた筋肉も、私を『俺の女』みたいな顔で見るその厚かましい視線も、全部全部、反吐が出るほど嫌いだね!」
太宰は、これでもかというほどの罵詈雑言を並べ立てる。 言葉だけを聞けば、二人は今すぐ決別してもおかしくない敵同士のようだ。 しかし、言葉とは裏腹に、太宰の体は磁石に吸い寄せられるように中也の方へと傾いている。彼女の指先は、中也のシャツの袖をぎゅっと掴んで離さない。
中也は、彼女のそんな矛盾した態度を慈しむように、太宰の腰を引き寄せた。
「おい、太宰」 「な、何だい。触らないでよ、蛞蝓が移る」 「お前、さっきから『好きじゃない』とか『嫌いだ』とか連呼してるけどよ……」
中也はわざと顔を近づけ、太宰の耳元で低く、けれど逃げ場のない声で告げた。
「昨日だって、あんなに俺に縋り付いて泣いてたじゃねえか。……せっくすもしといて『好きじゃない』は、流石に無理があるだろ」
太宰の動きが、ピタリと止まった。 顔が、耳の付け根まで一気に真っ赤に染まっていく。 「せっくす」という、あまりにも露骨で事実に基づいた単語。 二人の間には、もはや「付き合っている」という形式的な承認など必要ないほど、濃密な肉体的・精神的な既成事実が積み重なっていた。 数年前、初めて夜を共にした時も、太宰は「これは実験だ」と言い張り、中也は「黙って抱かれろ」と返した。それから今日まで、二人は数え切れないほど肌を重ね、互いの熱を、傷跡を、魂の形を、嫌というほど識(し)り尽くしている。
「……っ、あれは、その! 生理現象だよ! 君の重力操作に私の身体が誤作動を起こしただけだ! 統計学的に言えば、ただの事故だよ!」 「事故で、あんなに『中也、中也』って俺の名前を呼ぶのか? 事故で、俺が離れようとするとあんなに必死に足で絡みついてくるのか?」 「うるさい! 黙れ! 記憶改竄装置め! 君の脳内メーカーは願望で溢れかえっているんだね、可哀想に!」
太宰は両手で耳を塞ぎ、じたばたと足を動かす。 メンヘラ気味の彼女にとって、自らの「愛」を認めることは、自分自身の死を認めることよりも恐ろしい。愛してしまったら、失うことが確定する。信じてしまったら、裏切られることが確定する。 だから彼女は、中也の腕の中で最高潮の悦楽に達している最中ですら、「大嫌い」と泣きながら呟くのだ。
中也は、そんな彼女の臆病さを、力技でねじ伏せることに決めていた。 彼は太宰の手を耳から引き剥がし、そのままソファに押し倒した。
「ひゃっ、……中也、何をするんだい、この野蛮人!」 「いいか、太宰。お前が何百回、何万回『嫌い』と言おうが、俺はそれを全部『愛してる』に翻訳して聞いてやるよ。お前の言葉に価値なんてねえ。俺が見てるのは、今、俺の下で震えてる、この正直な身体だけだ」
中也の瞳には、一切の迷いがない。 彼は不安定な太宰を、自らの重力で、あるいは傲慢なまでの愛で、この地上に縫い付けていた。 太宰がどれだけ高潔に死を望もうと、中也という男がいる限り、彼女は生臭い人間の情愛から逃れることができない。
「……中也、君は、本当に最低だね……」 太宰の瞳に、薄く涙が膜を張る。 「私のことを、そうやって力ずくで自分の方へ向かせて。……私が、君なしじゃ生きていけないって分かってて、わざと意地悪なことを言ってるんだ」
「ああ。分かってるなら、素直になれよ」 中也は太宰の額に優しくキスを落とした。 「お前が俺を好きじゃないって言うなら、それでもいい。でもな、俺は一生、お前を離さないし、お前以外の女を抱くつもりもねえ。お前の『嫌い』を、墓場まで俺が全部引き受けてやる」
太宰の喉が、微かに鳴った。 彼女は、中也の首筋に顔を埋め、深く、深く、その男の匂いを吸い込む。 戦場の硝煙と、愛用の香水と、そして何よりも安心させてくれる、中也自身の熱。
「……ねえ、中也」 「あ?」 「……やっぱり、君なんて、死んじゃえばいいのに」
そう言いながら、太宰は中也の背中に、自分の爪を立てるように腕を回した。 その抱擁は、どんな愛の告白よりも強く、執拗で、そして重い。 中也は、彼女の背中を大きな手で愛撫しながら、勝利を確信したように微笑む。
「ああ。俺が死ぬ時は、お前も一緒だ。逃がさねえからな」
付き合っていない、と言い張りながら。 好きじゃない、と呪いながら。 彼らは今日も、誰よりも深く、誰よりも歪に、互いの存在を貪り合う。
リビングの時計が、三時を告げる。 玄関から飛び出してきた時の激昂はどこへやら、太宰は中也の腕の中で、ようやく訪れた安眠の気配に、とろりと瞳を細めた。
「中也……」 「なんだ」 「……お腹、空いた。蟹の缶詰、開けて」 「……へいへい、分かりましたよ。お嬢様」
呆れながらも、中也はすぐに立ち上がり、キッチンの棚へと向かう。 その後ろ姿を、太宰はソファの上で毛布にくるまりながら、じっと見つめていた。 その瞳には、隠しようもないほどの熱と、独占欲と、そして――深い深い愛が、確かに宿っていた。
「……本当に、莫迦なんだから。中也も、私も」
小さな、誰にも聞こえない呟き。 彼らの夜は、まだ始まったばかりだ。 言葉では決して交わらない二人の愛は、肌を重ねるたびに、そして「嫌い」を積み重ねるたびに、誰にも解けない強固な結び目となって、横浜の闇に溶けていく。
明日も、明後日も、太宰は「嫌い」と言い続け、中也はそれを笑って受け入れるだろう。 それが、この歪な「中太」という世界線の、たった一つの、そして完璧な真実なのだから。
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