テラーノベル
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生徒たちが席につき、教科書や魔法道具を準備する中、
フロウナ先生は教壇に立っていた。
彼女は30代半ばの女性で、凛とした佇まいと優しい笑顔が印象的な教師だった。
扱う魔法は「召喚」
過去に入学試験で教官として幻獣ドラゴンを召喚したりしていた。
生徒たちからは「かっこいい先生」として慕われ、魔法の理論と実践をバランスよく教える指導力で信頼されていた。
だが、今日のフロウナ先生の心は、
いつもより重かった。
彼女の視線は、教室の後ろに座るレクトにちらりと向かい、すぐに逸らされた。
レクトは、いつものようにヴェルと軽口を叩きながら、変なフルーツを出して笑っていた。
そのフルーツを見るだけで、フロウナの胸に小さな痛みが走った。
フロウナには、
果物アレルギーという秘密があった。
子どもの頃から果物を食べると喉が締まり、呼吸が苦しくなる重い症状に悩まされてきた。
特に最近、
症状が重症化し、
果物の匂いを感じるだけでも軽いめまいや息苦しさを感じるようになっていた。
医者からは
「果物に近づかないように」
と厳しく警告されていた。
レクトのフルーツ魔法は、彼女にとって複雑な存在だった。
彼の魔法はリンゴやオレンジ、ブドウを自在に生み出し、
時に暴走しながらも可能性に満ちていた。
フロウナは、担任として彼の成長を見守りたいと心から願っていた。
だが、果物アレルギーの自分に、果たしてその資格があるのか。
彼女の心には、罪悪感が静かに広がっていた。
「フロウナ先生、今日の実技、どんな内容なんですか?」
ヴェルが近づいてきて、明るい声で尋ねた。
彼女の手元で、「震度2の魔法」が込められたブドウがプルプルと震えている。
フロウナは無理やり笑顔を作り、答えた。
「今日の実技は、引き続き魔法の『意図的な制御』だ。
自分の魔法を、特定の状況でどう使うかを考えて実践する。
特に、補助魔法を持つ生徒は、攻撃魔法との連携を意識してほしい。」
彼女の視線は、意図せずまたレクトに向かった。
彼は変なフルーツを手に、魔法の練習に集中しようとしている。
フロウナは唇を噛み、すぐに目を逸らした。
(私は……担任として彼を守れるのだろうか)
その夜、フロウナは自室で一人、
鏡の前に座っていた。
彼女の手には、
医者から処方されたアレルギーの薬。
果物アレルギーが重症化したことで、
最近は小さな果物の匂いにも反応してしまう。
レクトのフルーツ魔法を近くで見守るたび、彼女の体は警告を発していた。
こんな体で、レクトの担任を続けていいのか……?
フロウナは呟き、鏡に映る自分を見つめた。
彼女の心には、レクトへの責任感と、自分の限界への苛立ちが交錯していた。
彼を守りたい。でも、私のせいで彼に負担をかけるわけにはいかない。
翌日から、
フロウナはレクトを避けるようになった。
レクトは校長に直接教えて貰っていながらも、
普通の授業にも度々参加している。
その為授業中、彼が質問をしようと手を挙げても、
彼女は他の生徒を優先した。
実技の指導では、レクトのグループに近づかず、遠くから指示を出すだけ。
廊下で会っても、軽い挨拶だけで素早く立ち去った。
レクトは、フロウナの変化に戸惑っていた。
「ヴェル、なんか……フロウナ先生、俺のこと避けてない?」
昼休み、食堂でヴェルと並んでリンゴジュースを飲みながら、レクトは不安げに尋ねた。
「え、ほんと? そんな感じする?」
ヴェルは首をかしげ、ブドウを口に放り込んだ。
「まぁ、先生、最近ちょっと忙しそうじゃない? 気にしすぎだよ、レクト!」
「そうかな……でも、なんか、目が合わないんだよね。」
レクトは肩を落とし、ジュースのストローをいじった。
キリサキ町でのヴェルとの時間や、クラスレクでのフルーツバスケットで仲間たちと打ち解けたことで、彼の心は少し軽くなっていた。
それだけに、フロウナの冷たい態度は、彼を不安にさせた。
同じ頃、アルフォンス校長の部屋では、
フロウナが重い口を開いていた。
校長室の重厚な書棚と、窓から差し込む夕陽が、部屋に厳かな雰囲気を漂わせていた。
「校長……実は、
私、果物アレルギーが悪化してしまって。」
フロウナは目を伏せ、静かに告白した。
「レクトくんのフルーツ魔法を近くで見守るのが、難しくなってきました。
彼を担任として導く資格が、私にあるのか……分からなくなってしまったんです。」
校長は静かに聞き、ゆっくりと頷いた。
「フロウナ、君の体調は確かに重要だ。だが、なぜレクトを避ける選択をした? 彼は君を信頼している。突然の距離は、彼を傷つけるかもしれない。」
「それは……分かっています。
でも、私が近くにいると、もしアレルギーが出て倒れたりしたら、レクトくんに余計な心配をかけてしまう。
過去の罪を背負う彼に、これ以上負担を負わせたくないんです。」
フロウナの声は震え、拳を握りしめた。
校長は椅子に深く腰かけ、
フロウナを見つめた。
「君の優しさは、昔から変わらないな。」
彼の声は穏やかだが、どこか懐かしさを帯びていた。
「君の過去を、ほんの少し思い出してみろ。
身寄りのない孤児だった君を、私がこの学園に連れてきたあの日のことを。」
フロウナの目が、過去の記憶に揺れた。
彼女は幼い頃、両親を失い、路地の片隅で孤独に生きていた。
食べるものもなく、誰からも見向きもされない日々。
そこに現れたのが、若き日のアルフォンスだった。
彼はフロウナに手を差し伸べ、
魔法の才能を見出し、学園で学ぶ機会を与えた。今の「かっこよくて頼れる先生」としての彼女は、校長の支えがあってこそだった。
「君は、レクトに自分を重ねているのではないか?」
校長の言葉は、フロウナの心に深く刺さった。
「彼もまた、過去の重荷を背負い、孤独と戦っている。君がかつてそうだったように。」
「校長……」
フロウナは唇を噛み、涙をこらえた。
「でも、私の体が……彼をちゃんと支えられないかもしれない。」
「フロウナ。」
校長は立ち上がり、彼女の肩に手を置いた。
「君の優しい気持ちは、否定されるべきものではない。
もし、レクトを守りたいという思いがあるなら、どんな障害があっても、その心に従うべきだ。
アレルギーは確かに辛い。だが、君の心が彼を支える力になる。
距離を置くのではなく、君なりの方法で彼を守ってやってほしい。」
フロウナは校長の言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
「……はい、校長。分かりました。」
彼女は小さく頷き、決意を新たにした。
その夜、フロウナは自室で一人、
過去を振り返っていた。
寒い寒い路地裏、飢えと孤独に震えていた少女時代。
アルフォンス校長が現れ、彼女に魔法の可能性を教えてくれたあの瞬間。
彼女は、校長の言葉に救われ、今の自分があることを改めて実感した。
「レクトも、私と同じように……過去に縛られている。」
フロウナは呟き、鏡に映る自分を見つめた。
彼女の目には、かつての孤独な少女と、現在の頼れる教師の姿が重なっていた。
「私が彼を支えなきゃ。どんな体でも、私にできることがあるはず。」
翌日の授業、フロウナは再び教壇に立った。
彼女の視線は、いつものように生徒たちを平等に見渡し、
レクトにもしっかりと向けられた。
「レクト、今日の実技、準備はいいか?」
彼女の声は、いつもより少し温かかった。
レクトは驚いたように顔を上げ、笑顔で答えた。「はい、先生! 今日もフルーツ魔法、頑張ります!」
ヴェルが隣でニヤリと笑い、レクトの肩を叩いた。
「ほら、先生、いつもの調子に戻ったじゃん! やっぱりフロウナ先生は変わってないよ!」
フロウナは小さく笑い、内心で安堵した。
彼女は薬を携帯し、果物の匂いに気をつけながら、レクトを見守る決意を固めた。
距離を置くのではなく、彼の成長を近くで支える。
それが、彼女の教師としての使命だった。
授業の後、
レクトは練習場でフルーツ魔法を磨いていた。
リンゴやオレンジが、彼の意志に応じて次々と出現する。
威力はまだ不安定だが、
すっから意図した果物を正確に出せるようになっている。
フロウナは少し離れた場所から、微笑みながら彼を見守った。
「フロウナ先生、ありがとう。」
レクトがふと振り返り、笑顔で言った。
「なんだか、先生がまたちゃんと見ててくれると、安心するんです。」
「ふふ、当然だろう? 私は君の担任だ。」
フロウナは笑い、胸の奥で温かい気持ちが広がった。
「これからも、しっかり見守るよ。レクト、君の魔法は、もっと強くなれる。」
その言葉に、レクトの目が輝いた。
「はい! 絶対、もっと強くなります!」
フロウナは彼の笑顔を見て、
過去の自分と重ねながら、静かに頷いた。
彼女の心には、レクトを守り、導く決意がしっかりと根付いていた。
次話 7月5日更新!
コメント
8件
フロウナ先生アレルギー持ってたのか、、、