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32
私立東寺田中学校の放課後。静まり返った教室で、瑠衣は自分の机を見て、小さくため息をついた。筆箱がない。代わりに置いてあったのは、雑に引きちぎられたノートの切れ端。そこには、お世辞にも綺麗とは言えない尖った文字で、こう書かれていた。
『お前の筆箱、預かった。返してほしければ、10分以内に中庭まで来い。遅れたら中身の高級シャーペン、全部分解する。 渉』
「あいつ、またかよ……」
瑠衣は呆れながらも、思わず口元を緩めた。渉は、学年トップを争うほど頭が良いくせに、やることはただのクソガキだ。おまけに背が低く、いつも斜に構えていて愛嬌の欠片もない。周囲にも「あいつ、頭は良いけど可愛げがねえよな」と言われている。だが、瑠衣にとっては、そのひねくれた態度がたまらなく面白かった。瑠衣は時計を見る。
「……残り、あと7分か」
瑠衣はクラスの女子から(男子校なので他校の女子だが)もモテるし、運動神経も抜群だ。特に足の速さには自信がある。廊下に飛び出すと、瑠衣は一気に階段を駆け下りた。中庭に到着した時、時間はギリギリ30秒前だった。ベンチに短い足を組んで座っていた渉が、瑠衣の姿を見てチッと舌打ちをする。
「チッ、本当に来やがった。足が速いだけの筋肉ダルマめ」
「誰が筋肉ダルマだ。ほら、10分以内。俺の筆箱返せよ、渉」
瑠衣が息を切らしながら手を差し出すと、渉はフンと鼻を鳴らし、制服のポケットから瑠衣の筆箱を取り出した。しかし、それを素直に渡す気はないらしい。
「タダで返すわけないだろ。お前、さっきの数学の小テスト、また満点だったな。僕より1点高かった。それが気に入らない」
「そんな理由で盗んだのかよ」
「盗んだんじゃない、徴収だ。お前のその、誰にでも愛想良くして、勉強もスポーツもできてモテるっていう、鼻につく完璧超人ぶりがムカつくんだよ」
渉はツンと顎を尖らせて、瑠衣を睨みつける。全く可愛げのない態度だが、小柄な身体で一生懸命に威張っている姿は、瑠衣の目にはどこか愛らしく映っていた。
「じゃあさ、どうしたら満足して返すわけ?」
瑠衣が面白がって一歩近づくと、渉は警戒してベンチの上で少し身を引いた。
「……僕に、頭を下げて『渉様、筆箱を返してください』って言え」
「いいよ。じゃあ、こうする」
瑠衣はクスッと笑うと、頭を下げる代わりに、ベンチに座る渉の両脇に手を突いた。いわゆる「ベンチドン」の体勢だ。
「な、なんだよ、これ……!」
予想外の距離の近さに、渉の顔が引きつる。いつもはひねくれた表情しか見せない渉の瞳が、驚きで丸くなった。
「俺、お前に『完璧超人』って言われるの、悪くないよ。でもさ、そんな俺が唯一、思い通りにできないのがお前なんだけど」
「はあ!? 意味分かんないんだけど……っ」
「いつも俺の邪魔して、突っかかってきてさ。可愛げないなーって思うけど……そういうクソガキなところ、結構好きなんだよね」
瑠衣が至近距離でイケメンの笑みを浮かべると、渉の白い頬がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。頭が良いはずの脳みそが完全にフリーズしているのが分かった。
「お前……っ、何言って、バカじゃないの!? 離れろ!」
渉は真っ赤な顔のまま、瑠衣の胸を力いっぱい押し返した。瑠衣はわざとらしく「おっと」と言いながら、渉の手から鮮やかに筆箱を抜き取る。
「ありがと。じゃあ、明日もテストの点数で勝負な、渉」
瑠衣がウィンクをして見せると、渉は耳まで真っ赤にしたまま、掴みかからんばかりの勢いで怒鳴った。
「明日、絶対に泣かせてやるからな! この変態筋肉ダルマ!!」
怒り狂う渉を背に、瑠衣は声を上げて笑いながら、カバンを取りに教室へと戻るのだった。
コメント
1件
読み終わりました〜!もう、最高でした…!完全に好みど真ん中でした。頭良いのにひねくれてる渉くんが「ベンチドン」で真っ赤になるところ、完全に持ってかれました。クーデレというかツンデレというか…ああいう「口では強いのに身体は正直」な子、めっちゃ好きです。瑠衣の余裕ある笑顔も、でも渉にはちょっとだけ本音が出ちゃってる感じも良くて。続きめっちゃ気になります!この2人の勝負、絶対毎日続くやつじゃないですか(笑)。