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コメント
2件
な、なんだ!?めっちゃ面白い、、筆早い、、、
第1章 暗雲低迷
2025年8月、雨が鏡館の窓を叩く。
日本の山奥に佇む洋館は、まるで世界から切り離されたように静寂に包まれていた。
若井滉斗は濡れたコートを脱ぎ、肩に掛けたバッグを握り直しながら玄関ホールに足を踏み入れる。
フリーライターとして、奇抜な企画に飛びつくのはいつものことだったが、この「鏡館ミステリーゲーム」の取材は、なぜか胸騒ぎを覚えるものだった。
招待状には「過去と向き合う覚悟がある者だけが参加できる」と書かれていたが、若井にはその意味がまだわからなかった。
3年前の藤澤との破綻以来、心の傷を抱え、他人を信じることに臆病になっていた若井にとって、この館の重苦しい空気は余計に心を締め付けるものであった。
「ようこそ、鏡館へ」
低い声がホールに響き、若井は振り返る。そこにいたのは大森元貴、鏡館の管理人だった。黒いセーターに身を包み、微笑む男は、まるでこの館の一部のように溶け込んでいた。
灰色の瞳は深く、若井の心を覗くように鋭く、その落ち着いた物腰には、どこか現実離れした魅力が醸し出されている。
「管理人の大森。 若井、よろしく」
若井は一瞬、名前の呼ばれ方に違和感を覚えた。
それもそのはず、まだ名乗っていないのだ。
だが、大森の視線に捕らわれ、その疑問はすぐに霧散する。
「取材で来た。ゲームの概要を教えてくれ」
無愛想に答える。警戒していると自分でもそう気づくほどに。
鋭い観察力を持つ一方、感情に流されやすい自分を自覚していた若井は、取材者として冷静でいようと心に決めていたのだ。
大森は軽く頷き、若井をホールに導いた。
そこは驚くべき光景で、まるで鏡の迷宮のようだった。
壁一面に張られた鏡が、若井の姿を無数に映し出す。自分の顔、背中、横顔がどこまでも続く。
まるで自分が分裂しているようで、若井は軽い眩量を覚えた。
鏡の表面は古びており、ところどころに細かなひびが入っていた。
「気持ち悪いな、この館」
そう呟くと、大森は小さく笑った。
「慣れるよ。鏡は、この館の魂だから」「魂?」
若井は眉をひそめた。大森の言葉には、どこか不気味な響きがあったからだ。
「この館では、鏡は嘘をつく。覚えておきな、ね?」
若井はそう警告する大森の瞳を覗き込み、その奥に隠された「何か」を感じ取る。
危険なのか、誘惑なのか。どちらにせよ、若井の心は既に乱されていたのである。
取材のはずなのに、何故かこの男に引き寄せられる自分がいた。大森の微笑みは、若井の心を揺さぶるには十分であった。
その時、別の声がホールを切り裂く。
「若井、久しぶりだな」
若井の身体が凍りついた。
声の主は藤澤涼架、若井の元恋人だ。
3年前、若井の心を粉々に砕いた男。
眩しい笑顔は変わらないが、その裏に潜む冷酷さを知る若井には、ただの毒にしか見えない。
藤澤の自信に満ちた態度は、若井をあの日の裏切りに引き戻した。
「何でここに?」
若井の声は低く、鋭かった。
藤澤は突然姿を消し、若井を深い孤独に突き落とした。その理由を、若井は今も知らない。
「ゲームの参加者として来たんだ、驚いたんだよ、若井がいるなんて」
藤澤はカウンターに肘をつき、若井をじっと見つめた。若井は藤澤の左手に傷痕があることに気付いた。
3年前にはなかったものだ。細長く、まるで刃物で切りつけられたような痕。
若井の胸に、過去の裏切りの記憶が蘇った。藤澤の甘い言葉、突然の別れ、そして若井が知らなかった藤澤の裏の顔。
「参加者は5人、もう揃ったかな?」
新たな声が割り込んだ。高野清和、 ゲームの主催者だ。
派手なスーツに身を包み、芝居がかった仕草で手を広げた。まるで舞台の演出家のような男だった。
「若井、君は取材者だが、ゲームに巻き込まれるかもしれないよ。大森は管理人、藤澤は君の知り合い、綾華は大学生だ。 さあ、ミステリーゲームの始まりだ!」
その言葉が終わる前に綾華がホールに現れた。
大学生らしい軽やかな笑顔で手を振った。
「やっと会えた!若井さん、取材ってかっこいいね!」
無邪気な口調に、若井は一瞬だけ緊張が解けた。だが、綾華の瞳には、どこか鋭い光が宿っている気がする。
彼女は大森をちらりと見て、意味深な笑みを浮かべた。その視線に、若井は何か引っかかるものを感じた。綾香の無邪気さは、どこか計算されたもののように思えるものであった。
高野がルールを説明した。ゲームは3日間。館内で「殺人事件」が演出され、参加者は犯人を推理する。
初日の「被害者」はくじ引きで決まり、綾華が選ばれた。
「私が死ぬなんて、ドキドキするね!」
綾華は笑いながら言ったが、若井はその軽さに違和感を覚えた。彼女の笑顔は無邪気だが、その奥に何か計算めいたものがあるように思える。
「ゲームの前に、館の歴史を話しておこうか」
高野が不気味な笑みを浮かべながら言う。
「10年前、ここで5人の若者が消えた。誰も真相を知らない。鏡に閉じ込められたって噂もある。気をつけな、鏡は嘘をつくから」
若井は大森をちらりと見た。大森は静かに微笑み、こう囁いた。
「鏡は、君の知らない真実を映すよ、若井」
その言葉に、若井の心はさらに揺れる。大森の声には、まるで心の奥に触れるような響きがあった。取材者として冷静でいようと決めていたのに、この男の存在は若井の理性を乱す原因だった。