私
こと天宮沙耶架は自分の教室を出て、隣のクラスの扉を開ける。
目的はただ一つ。
昨日、私が告白して振った相手に会うためである。
「おはようございます、佐藤君」
私の挨拶に対して返事はなかった。
視線を向けることもせず、窓の外を眺めたまま動こうともしない。
まるで外の世界に興味など無いといった様子である。
いや、興味はあるけれど関わりたくないというような態度かもしれない。はっきり言ってしまえば面倒事は避けたいし、目立つことだって好きじゃない。
それに何よりも怖いじゃないか。
もしも僕が何か大きなミスを犯してしまった時、周囲からどんな目で見られることになるのか……考えただけでゾッとするよ。
だからこそなるべく目立たないよう努力してきたつもりだし、実際に上手くやってきたと思う。
それなのに何故こうなった!? ◆ 今朝登校して教室に入ると、既にクラスメイトの大半が揃っていたのだが何故か皆んながこちらに注目している気がした。
なので取り敢えず自席へと向かうことにしたのだが――そこで事件は起こった。
「おはよう、一之瀬君」
朝の教室に入ると同時に、隣の席にいる女子生徒――姫川さんが挨拶をしてきた。
彼女はセミロングの茶髪を指先で弄っており、いつも眠たそうな表情をしているのだが今日は特に眠そうだ。
昨日は夜遅くまで起きていたのだろうか。
それとも朝早くに起きたのか……おそらく後者であろうけど。
「ああ、おはよう姫川さん」
「相変わらずクールね。もう少し愛想良くしても良いんじゃない?」
「これが素なんでね。それに愛想を振りまいても得なんて無いよ」
「あら、損得勘定だけで生きているわけではないでしょうに」
「そういう考え方もあるかもしれないけどさ。僕はもうちょっとシンプルに生きたいなと思ってるんだよ」
「ふーん、まあいいわ。それより聞いて頂戴! ついに買ったわ!」
何を? とは聞かない。
彼女の話を聞きながら鞄の中を探ると、そこには予想通りの物が入っていたからだ。
「おめでとう。これでやっと君も同類の仲間入りだね」
僕は嬉々としてスマホを取り出すと、SNSアプリを開いてとあるアカウントを表示させた。
そこに写っている写真には、今まさに手に持っているスマホと同じ機種を持つ人物が映っていた。
この画像を投稿しているのは彼女であり、投稿されているコメント欄では大絶賛の声が上がっている。
『えっ!? これマジ?』
『本物だよ!』
『うおおおおぉぉ!! 俺も買いに行く!!』
『一緒に並んでゲットしようぜ!』
『いや待てお前ら。まだこれは序章に過ぎないぞ』
『どういうことだ?』
『ここからが本番なんだろ?』
『フッ、甘いな。こいつはお前の人生じゃないぜ?』
――ドクン! 突然、心臓が大きく跳ねた気がした。
同時に何か嫌なものを感じたのだが……。
「…………?」
今のは何だろうか? 特に身体に変化は見られないけど、なんとも言えない違和感があった。
まるで頭の中で誰かの声が響いたかのような感覚だったけれど……。
それにしても一体誰の声だったんだろうか? いや、そもそも声なんて聞こえなかったかもしれない。
ただ胸の奥底で妙に強い鼓動を感じただけで、それ以外には何も感じられなかったのだ。「大丈夫ですか? 顔色が悪いようですが」
「え? ああうん。平気だよ」
「そうですか。それでは授業を始めましょう」
先生に心配されてしまったようだ。
とりあえず今は考え事をしている場合ではないみたいだし、さっさと教科書を用意しておこうかな。
◆ その日の昼休みになると、早速行動に移すことにした。
弁当箱を持って教室を出て行く沙耶架の姿を見送りながら、俺はぼんやりと考え事をしていた。
今朝は俺の方こそ驚かされたけど、さすがに二度目はないだろうと思いたい。
昨日だって偶然あの場所を通りかかっただけで、まさかあんな事態になるとは想像すらしていなかったのだ。
それなのに彼女はどういうわけか俺の顔を覚えていて、しかも下の名前で呼び捨てにするぐらい親しげな態度を取ってきた。
いくらなんでも展開が急すぎるよ! いやまぁ別に嫌じゃないんだけどね? ただちょっと心の整理をする時間が欲しいだけなんであって……って何を考えてるんだろうね、俺は。
そもそも初対面の女の子を下の名前で呼ばれるなんて滅多にないことだし、そういう意味じゃ結構レアな体験をしたと言えるかもしれない。
「ん?」
そこでふとあることに気付き、俺は慌てて時計を確認した。
まずいな、もう昼休みが始まって十分近く経っているじゃないか。
購買部は混む前に済ませておきたかったのだが、出遅れてしまったようだ。
仕方ないので今日はコンビニで買うことにして、急いで屋上へと向かうことにした。
ちなみにこの学校の食堂は安くて量が多いことで評判らしいのだけど、残念なことに利用する機会は一度もなかった。
その理由は単純に人が多くて騒々しいからだ。
学食を利用する生徒の大半はお喋り目的なので、食事中はずっと賑やかな声が響いていたりする。
そのせいでせっかくのおかずも味わう暇もなく飲み込んでしまう羽目になってしまったけれど……
◆
「えーっと、つまりこれはどういうことなんですか?」
放課後になり指定された場所に来たものの状況がよく分からず、とりあえず疑問を投げかけてみた。
「言葉の通りよ。私が貴方のことを好きになったというだけ。何か問題でもあるかしら?」
沙耶架さんは腕を組みながら淡々と言った。
「いや、あのですね。それっておかしくないですか?だって今日会ったばかりですよね?しかも初対面で告白されたんですよね!?」
あまりにもぶっ飛んだ内容だったためについ声に出てしまったのだが、幸いにも周りの生徒たちには聞こえていなかったようだ。
良かった……もし聞かれていたとしたら恥ずかしくて死んでしまいたくなるところだったよ。
ただでさえ沙耶架さんのせいで注目されているっていうのにさ! 彼女は学校一の人気者なので注目度が高いだけでなく、ファンクラブがあるという噂もあるくらいだしね。
ちなみに僕は彼女のことを一方的に知っているだけで、直接言葉を交わしたことは一度も無い。
それなのに呼び出しを受けた理由はよく分からないけど、とりあえず指定された場所に行かないことには始まらないかな。
◆
「ごめんなさい!」
呼び出された場所へ行ってみると何故かそこには沙耶架の姿があり、開口一番謝罪の言葉を口にしてきた。
なぜ謝られたのか分からず戸惑っていると、彼女が続きを話し始める。「あの手紙を書いたのはわたしじゃないんです。実は友達に頼まれて仕方なく書いたものでして」
「えっと……つまりどういうことでしょう?」
「この前告白された時に断った人がいたでしょう? それでそいつがしつこく付き纏ってきて困っていたところに偶然居合わせたわたしが代わりに返事をしただけなんですよ。ほら、わたしって断っても全然諦めてくれなくて迷惑しているんで、いっそこっちも相手の好きな人を奪っちゃえばいいんじゃないかと思ったわけです。そうすればもう絡んでこないと思いましてね」
「……なるほど。そういうことだったんですね」
「ええ。もちろん嘘じゃないですよ?」
「はい、分かりました。それでは今回の件はこれにて一件落着ということでよろしいでしょうか?」
「そうですね。ありがとうございました!」
深々と頭を下げてお礼を言う沙耶架さん。
こうして無事に解決して依頼を終えたのであった。
ちなみにこれは別に珍しいことではない。
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