テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
放課後の教室。誰もいない。風の音だけが、窓の隙間から吹き込んでいた。
遥は、壊れかけた机の横で、床に座っていた。
鞄は倒れ、中身が散らばったままだった。
──背後に足音が近づく。
「……遥」
日下部の声に、遥は振り返らない。
ただ、ノートの切れ端を指先でちぎっていた。
「……何」
「大丈夫……か?」
その言葉が、どこか苦しげだった。
「大丈夫なわけない」と、誰よりも知っている人間の声だった。
「……お前、殴られてたな」
遥は小さく笑った。
でもそれは、皮肉でも、嘲りでもなかった。
「お前もじゃん」
日下部が黙った。
遥の声が続いた。
「おれさ、“守られてる”とか、思ったことないよ」
「……知ってる」
「でも、“守ろうとされる”の、怖いんだ」
「……なんで」
「そうされると、オレ……壊れたくなる」
その言葉に、日下部はなにも言えなかった。
遥の言う「壊れる」が、どういう意味か、わかってしまったからだ。
「お前さ」
遥がふっと、立ち上がった。
「なんで、そんな顔してんの」
日下部は言葉に詰まる。
遥は続けた。
「おれが壊れてんの、見たくないんだろ?」
「……当たり前だろ」
「でも、お前が殴られてんの、見るの……もっと、きつかった」
沈黙が落ちた。
「おれ、なんか……変なんだ」
遥は、かすかに笑った。
「“守られる”のも、苦しくて。“壊れてく”お前を見るのも、苦しくて。
なのに、何もできない。笑えるよな」
日下部は、一歩、近づいた。
でも、その足が止まる。
「……オレだって、何もできねぇよ」
ようやく、吐き出したその声は、擦れたように低かった。
「殴れば終わるって思ってた。守るって、正しいって思ってた。
でも──全部、お前を余計に傷つけてた」
遥は、顔を上げた。
「お前は、悪くないよ」
「いや……オレのせいだよ」
「ちがうって」
「ちがわねえよ!」
言い終わったあと、教室に響いたのは風の音だけだった。
遥は、ゆっくりと歩き出す。
その背を見て、日下部は追えなかった。
──誰も、悪くない。
でも、どちらの足元にも、静かに亀裂は広がっていた。
見つめ合っても、もう届かない場所がある。
声を交わしても、埋まらない距離がある。
その放課後、ふたりはたしかに「一緒」にいた。
けれど、どちらも気づいていた。
次に裂けるときは──きっと、もう、戻れない。