複数の属性を操ることができるのは凄いことらしい。……そうだったの?
じゃあ、私に魔法を教えたメイアは、伝説級の魔術師かしら?
「お前、何で冒険者をやっているんだ? 9つも属性を操れる魔術師など、就職先はどこでも選び放題。むしろ来てくれと懇願されるだろうに!」
冷静そうな印象のレクレス王子が、興奮気味にまくしたてた。
私、世間一般の魔術師というのがわからなくなってきた。だって私は、魔法が使える人をメイアしか知らないもの。彼女に比べたら、私なんて――
「ただ複数の属性を使えるだけですから。……威力だってそれほどでもなくて、器用貧乏なだけですから」
なお、魔法の威力や効果についても、基準がメイアである。
「ますます手放せないな」
「王子殿下?」
手放せない、とか真顔で言われると、ドキドキしてしまうわ。
「しかし、お前に魔法の師匠は魔術師だったのだろう? お前ほどの才能がありながら、魔術師にしないとは」
「いえいえ、ボクなんか、全然ですよ……」
メイアって、やっぱり規格外だったのか。何となくそんな気はしていたけれど。
「しかしそうなると、剣の腕前も気になるな。魔術師にしなかったということは、剣の方も――」
「いえいえ、ボクの腕前なんて……」
騎士様たちが日頃からトレーニングや模擬戦で鍛えているのと違い、私はそこまで毎日練習できなかったから……。
あくまで貴族の令嬢。剣を握るほうが珍しいのだし。
「お前の謙遜は信じない」
そんなぁ……。
レクレス王子は城の中庭へと移動する。私もついていくのだが、そこでは待機組の数人が剣術のトレーニングをしていた。
「パウル! ちょっと来い!」
「! はい、団長!」
騎士のひとりが小走りでやってきた。歳は私と同じくらいかしら。茶色のボサボサ頭。小顔で、どこか悪ガキじみた顔つきの男だ。体格は、私より若干大きい程度。男性としては小柄になるか。
「アンジェロと模擬戦をしろ。こいつの実力を知りたい」
「承知しました!」
元気のよい返事をするパウルだが、私を見た瞬間、途端に目つきが鋭くなった。好戦的というか、もう威圧してきているような……。
『アンジェロ、大丈夫ですか?』
姿は見えないメイアの念話が聞こえた。私も心の中で呟く。
『大丈夫。この手のガン飛ばしは、冒険者ギルドで慣れたわ』
若手を威圧する中堅ないし上級冒険者を私は見ている。それと比べたら、同年代だろう騎士の眼光くらいどうってことはないわ。
私とパウルは、それぞれ模擬戦用の木剣を受け取り対峙する。パウルは右手に木剣、左手に盾を持った。騎士の基本スタイルである。
「お前は盾は持たないのか?」
「ボクは、盾を持ったスタイルは経験が浅いので」
基本、ショートソード一本。男性と違って、余分なウエイトを抱えて俊敏には動けないのよ。
「舐めているのか? どうなっても知らねえぞ」
「よろしくお願いします、先輩」
私たちの周りでは、トレーニングを中断した騎士たちが注目している。もちろん、レクレス王子も腕を組んで、観戦している。
低級のモンスターはまあ倒せるけど、対人経験であまりないのよね。でも青狼騎士団は、魔の森のモンスターとも日常的に戦っているのだから、きっと強い人ばかりのはず。付け焼き刃な私がまともに勝てるとも思えないから、何とか善戦できればいいかな? とりあえず、勝てるとは思っていない。負けるにしてもみっともない負けだけはしないようにしよう。
「始め!」
騎士のひとりが審判よろしく開始の合図をした。
「いいぞ、新人。かかってこいよ!」
いきなり隙だらけでパウルは挑発した。周りの騎士たちは途端にニヤニヤした。これが俗にいう新人いじりね。
令嬢の集まりでも、新人には割と容赦ないのよね。うーん、これ打ってもいいのかな……? 油断を誘って、飛び込んだらカウンターを食らう流れかも。
「どうした? 怖じ気づいたのか? こねえならこっちから行くぞ!」
パウルが一歩踏み出した。思ったより歩幅が大きい。これが男性!? 間合いを見誤ったか。無造作に振られた木剣が迫り、何とか防御。メイアのそれより全然遅いけど、距離感の違いからイメージより速かった。
防いだものの、手がジンと痺れた。力任せに叩きつけられた。これが男性のパワーか。いや、今のは私の受け方が悪かった。きちんと流せなかったのが悪い。
すっ、と呼吸を整える。今度はこちらから攻める!
突き、突き、突き!
パウルは盾で、私の刺突を防ぐ。上、下と隙を窺う私の攻撃に、盾も上下に動く。パウルの右手がすっかり後ろに下がっている。私の素早い攻撃に、防御中心で様子を見ているのだろう。
上、下、下! ぐっと盾が下がったところで、私は体を前に出して左手で盾の上を掴み、そのまま下へと引いた。
パウルも盾を下げるように腕を動かしていたから、想像以上に下へと引きずられ、バランスが崩れた。そのまま地面に倒れ込んでしまうパウル。手をついて素早く起き上がろうとしたが、もう遅い!
「終わりです、先輩」
私の木剣がパウルの眼前にあった。動いたら……終わりですよ?
「そこまで!」
騎士たちから、どよめきが上がる。たぶん、皆パウルが勝つと思っていたんだろうな。……私もそう思っていた。
「くそっ、こんな負け方……!」
パウルが声を荒げた。よっぽど悔しかったのか、顔が真っ赤だ。あ、これ先輩のプライドを傷つけてしまったやつかもしれない。
「騎士の戦い方じゃない! も、もう1回だ!」
「いや、ここまでだ」
レクレス王子が止めた。
「さすが冒険者は実戦慣れしているな。ああいうやり方がとっさに出るやつは死なない」
何か知らないけど褒められている? 王子様から褒められるなんて光栄だわ。何せ彼は青狼騎士団の団長。魔の森の魔物とも戦いなれた勇者だもの。
顔に熱を感じる。お願いながら赤くならないでよ私の顔! 男装しているとはいえ、女が苦手な王子様から褒められるなんて、飛び跳ねたいくらい嬉しい!
「お前なら、オレの後ろを任せられるかもな」
「が、頑張ります!」
ちょっと噛みそうになってけど、それだけ私の心は弾んでいた。王子の信頼を得たのだから。