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一五二九年 初秋 古河城 足利高基
「晴氏め、やり合ったな」
わずかな供を率いて密かに古河城を脱出し、小山犬王丸の祇園城に迎え入れられた晴氏は態勢を整えた後、あろうことか諸大名に対し古河を蝕む高基・高実親子を排除すべきと大号令を発したのだ。
この大号令に反応したのは下野では晴氏を迎えた小山、忠綱死後古河と関係が微妙になった宇都宮、下総では結城、簗田だった。
下野の佐野や那須、常陸の佐竹や小田は今回中立か内部のゴタゴタがあり、動くことはなかった。これは晴氏の人望の問題ではなくて今の古河が影響を与えられる範囲の限界なのかもしれない。
全盛期の古河だったなら下野を中心に北関東の大部分の大名を動員することができた。しかし永正の乱の影響で徐々に弱体化した古河には家督争いで大名を動員できるほどの力は残っていなかった。常陸の大掾や芹沢は晴氏の支持を表明しているが兵は動員できないという。
小山は騎馬一五〇を含めた約八〇〇の兵を、宇都宮は芳賀率いる一〇〇〇、結城は五〇〇、簗田は支族の兵を含めた三五〇の兵を古河城攻略のために陣を敷いた晴氏のもとに集結させた。
儂は自身の経験から晴氏が反旗を翻したことに勘づき、すぐに反乱者晴氏を鎮圧するために諸大名に手紙で兵の動員を要請するも、その多くの答えは芳しくないものだった。
なぜなら多くの大名が晴氏を支持しており、残りの一部も内乱など家中が統一できていないという理由で参陣ができる状態ではなかった。そのためこちらに味方するのは一部の譜代と国人程度と極少数に過ぎなかった。
「この不忠者らが……!」
「父上、どうしましょう」
「仕方がない。四郎に手紙を出す。あの裏切り者の手を借りるのは癪だがやむを得ん」
あてにした救援を望めないとわかり、仕方なくほぼ絶縁状態だった山内上杉家へ救援を求める。しかし返ってきたのは我々を絶望させるものだった。
「なんということだ……」
山内上杉家では内乱が発生していたのだ。まず事の始まりは一五二九年正月に重臣白井長尾家当主長尾景誠が暗殺されたことだった。まだ二十三歳だった景誠の死により白井長尾家は断絶。この解決に乗り出したのは箕輪長野家で、最終的に総社長尾家の景房を当主に据えて事態は一旦収束した。
しかし重臣の暗殺が示唆するように山内上杉家では家臣間での対立が深刻化しており、若い当主の四郎こと憲寛にはそれを解決できる能力はなかった。そして内乱が起こるきっかけを生んだのは憲寛自身だった。
八月、憲寛はかねてから対立していた被官の安中家を攻撃することを決意した。だがこの決定は家臣の多くから反対を招き、同盟者でもある扇谷上杉家当主上杉朝興からも制止の声がかかったほどであったが、憲寛は安中攻めを強行した。
憲寛は家臣の高田家や箕輪長野家など支持する勢力を率いて安中で陣を張ったが、この蛮行に反発したのは日頃箕輪長野家や高田家と対立もしていた重臣の小幡家や西家らだった。彼らは前関東管領憲房の遺児竜若丸を擁立して安中の陣に構えていた憲寛を奇襲し、敗走せしめた。
敗走した憲寛は安中攻めを中止。軍を後退させて反乱勢力と対峙せざるを得なくなり、古河城へ援軍を送る余裕はなくなったのだ。
最後の希望ともいえる山内上杉家からも救援の要請を退かされたことについに儂は意気消沈する。別勢力に救援を求めようとも各地の情勢は儂たちを不利に働かせていた。
扇谷上杉家は北条の圧迫を受けており、寧ろ周囲から救援を求めたいほど追い込まれていた。その北条を頼ろうにも、北条は扇谷上杉家の他に房総半島を巡って小弓公方と対立しており、古河に兵を送れるほどの余裕はなかった。小弓公方はそもそも敵対しているうえ、内乱で援軍を求めるという自ら弱みを握らせるような真似はできなかった。
こちらが必死で工作を練っていた間、高実は右往左往するばかりで何も役に立つことはなかった。庶子という生まれと日頃の振る舞いから高実を支持する者は少なく、その多くは家禄が少ない者だったため援軍にもならない。
このときにようやく高実に公方の素質がなかったことを痛感するも時すでに遅し。こうなることだったら大人しく晴氏に家督を譲るべきだったと思う反面、自分に反旗を翻した晴氏に家督を渡すのなら多少素質がなくても高実に家督を継がせるという思いも存在していた。
こちらが浮足立っている最中も事態は進んでいく。晴氏軍が進軍していく中、古河は僅かな家臣らと城下の農民を無理矢理動員させてようやく軍勢を五〇〇近く揃えることができた。しかし敵は三〇〇〇近くと六倍の差があった。これでは到底野戦することはできない。必然的に城側は籠城策を余儀なくされたのだった。
しかし晴氏軍に古河城を包囲された際に高基軍に新たな問題が発生した。
「な、なんじゃと!も、もう一回申してみろ!」
「申し訳ございません。し、城の兵糧が残っておりませぬ!」
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