川島は徳田の話を聞いていると、徳田の不安も最もだと思った。川島の事務所は古くて小さく、体はでかいが頭は悪そうな男と若い女の三人である。徳田の今まで雇った連中はその世界では名の知れていたプロであろう。又、裏の社会の関係もあり使っているはずである。金で仕事するプロはいくらでもいる。川島の師匠の東風は金では動かない。無論、兄弟子の神木もそうである。
「徳田さん、護衛のプロはいくらでもいるでしょう。何もこんな若造に依頼しなくとも」
徳田は額に汗をかきながら言った。
「不躾なお願いですが、出来ましたら東風先生に川島様からお頼みいただけませんか?」
川島は窓の外を見ながら言った。
「あのじいさんは気紛れだからなあ。この内容は全て話したんですか?」
「はあ、それが、お会いしたとたんに、お家騒動に興味は無いと言われまして、それで神木様を紹介されましたが、それからーー」
「この、おれってわけだ。あんたも大変だな」
川島は堅苦しい会話が面倒になっていた。
徳田は川島の機嫌を損ねたと思ったのか一瞬うろたえた。
だが、徳田には目の前の川島程度の人間は金さえ出せばいくらでもいる、と確かに思っていたのである。
「徳田さん、お話はよく分かりました。今日はこれでお引き取り下さい」
徳田は川島の眼を一瞬見据えた。だが、すぐに実直そうな表情に変わった。徳田は丁重な挨拶をして事務所を出た。事務所の入口には屈強そうな男が二人待機していた。
川島が窓から下を見ると、黒塗りの高級車にも屈強そうな男が二人待っていて徳田を囲むようにして車に乗せた。徳田は車に乗る前に川島の事務所を見上げた。徳田は川島を見て、軽く会釈をしたが、その眼光は事務所のなかでの徳田の眼ではなく冷酷な鋭さを含んでいた。
川島は徳田を老獪でしたたかな役者だと思った。恐らく教団の実権は徳田が握っているのだろう。
川島は師匠の東風も、神木も何故自分の所にこの仕事をまわしたのかその真意を掴みかねていた。始めは軽く考えて単に面倒だが金にはなるし、川島向きの仕事だから任せよう、という程度のことを考えていたのか?
だが、いざ徳田に会って人物と話の内容を知るとかなり危険な仕事である。川島は徳田が自分ではなく、東風に依頼したいので義理を通して川島の所まで来たのは分かるが、単純なお家騒動位で東風に依頼する程のことはない。その手の問題を処理するプロは金さえあればどうとでもなる。それに川島に、完全ではないにしろ外部に漏らしてはならない事を話してしまった。川島はやはり秀雄とゆりには聞かせなかったほうがよかったかなと思ったが、もう遅い。
秀雄が好奇心むき出しの表情で川島の側に来た。
「兄貴、何だか面白そうな話でしたね? でも、どうしてあんなうまい仕事を簡単に断ったんですか。あのじいさんのいる『真理の華』ってところはえらくでかい団体ですよ。何しろこのおれが知っているくらいですからね」
「この、ばか! ほんとにお前は単純だな」
秀雄は川島に何で怒られたのか分からない。
だが、川島の厳しい目付きを見て、言い返すのはやめて一人で何かぶつぶつとつぶやいていた。それと、秀雄がよく分からない会話もあったのだがそれは川島の様子を見て後で聞こうと思っていた。たまに聞く、東風や神木のことであった。神木とは何度か会っている。秀雄にはその関係がどうなっているのか詳しく知らない。要するに自分だけ仲間はずれにされているような思いと、少しの嫉妬があった。
ゆりが秀雄をからかうように言った。
「ヒデって、ほんとに体だけはりっぱになったけど、脳味噌は保育園児並ね。あんたの全身に毛が生えたら完全に動物園行きよ」
「ゆりさん、そこまで言いますか。ええ、どうせ、このおれはまだケダモノですよ。これからは、せいぜいりっぱなケダモノになるようにがんばりますから」
ゆりは秀雄がすねたようにソファーに横になって煙草を吸っている前に座ると、怖い眼をして言った。
「あんたね、さっきのあの爺さんがどんな奴か分かってんの? 真面目で人のいいじいさんぐらいに思ってんじゃない。あんたは、だから川島さんに怒られたのよ。あの、じいさんはとんだ曲者だよ。これだけあたしが言ってもまだ、ピンと来ないでしょう。詳しくはどうせ川島さんが話すでしょうけど」
ゆりは秀雄に言ったあとに、川島の方を見た。川島は椅子に座って窓の外の景色を見ていたが、ゆりが秀雄に言ったことをどう説明しようかと考えていたのである。
川島もゆりの隣に来て座ると、秀雄は一体これは何事かといった風な顏をして座り直した。
「秀雄、いいか、おれの言うことをちゃんと聞けよ。今、ゆりが言ったことは本当だ。へたすると俺達はあのじいさんに狙われるぞ。おれもお前を巻添えにするつもりはなかったが、あの話を聞いた以上は覚悟しろ。それと今日、あのじいさんから聞いたことも誰にも話すな」
秀雄は話の意味がよく理解出来なかったが、重大そうであることは分かった。だが、どう重大であるかはさっぱり分からない。
「兄貴、何がどうなろうと、おれには覚悟は出来てますよ。おれもほんとに自分はばかだと思いますけどね、二人の言っていることが何がなにやら、なにがどう大変なのか、このおれにも分かるように説明して下さいよ」
川島は苦笑しつつ短髪の頭を掻きながら、ゆりに業務終了の看板と鍵を閉めて来るように言った。
つづく
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