テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
チャイムが鳴り終わるのを待たずに、隣のクラスに行くために、急いで机の上のノートを片づけはじめた。いつもはのんびりしているくせに、今日はやけに気持ちが急いて手元の動きが早くなる。
「奏、なにをそんなに急いでんだ? 慌てすぎて忘れ物をするぞ!」
林田の茶化すような声に、俺は笑って答えた。
「忘れ物は大丈夫。……蓮と一緒に帰りたいから急いでたんだ」
それを聞いた林田が、ニヤニヤしながら俺の肩を小突いてくる。でもやり返さずにスルーして、氷室のいるクラスに顔を出した。俺に気づいた彼が、目を合わせてほほ笑む。それだけで、心臓の奥がじんわり熱くなった。
昇降口を出ると、外はもう薄暗い。冬が近い証拠だ。並んで歩き出したとき、俺は思いきって氷室の袖をつまんだ。
「蓮……話があるんだ」
「話?」
氷室に聞き返されて、静かに頷いた。
「この間のこと……蓮を不安にさせたって、ちゃんとわかってる。だから……少しずつでも、隠さずに話そうって思ったんだ」
夕焼けの残り火みたいな空を見上げながら、胸の奥で燻っていた気持ちを絞り出すように伝える。
「……ありがとう、奏」
氷室の口元が柔らかく緩む。それだけで安心して、胸の奥に広がるぬくもりにしばらく言葉を失った。
冷たい風にあおられて、袖をつまむ指先に力がこもる。けれど血の巡りが悪くなったのか、かえって指先が冷えてしまった。氷室はその手を外し、今度は自分からぎゅっと握って温めてくれる。並んで歩く俺たちの歩幅は、まるで示し合わせたみたいにぴたりと合っていた。
(――この距離を、もう二度と離したくない)
街灯がともる中、俺たちの影がゆっくりと重なっていく。
俺の自宅までの帰り道は、いつもよりも静かだった。車の音も人の話し声も遠く、まるで自分たちだけがこの街に取り残されたみたいに感じる。
「ねえ、蓮」
「ん?」
「こうしてると……なんか夢みたいだなって。俺たちふたりだけの世界、みたいな」
思わず出てしまった小さな声。なんだか照れくさくて、足元の落ち葉をつま先で蹴った。ひらひらと舞い上がる枯葉が、街灯の光を反射して金色に見える。
「夢なら、覚めなくていい」
そう氷室が口にすると、余計に照れてしまって顔を上げられない。互いに言葉を探せず、静かな時間が流れる。そのとき突然、氷室が足を止めて後ろを振り返った。
「……どうしたの、蓮?」
「いや……なんでもない」
なんでもないと言いつつも、なにか気になるのか、氷室はその後も二度三度と振り返る。俺もつられて視線を向けたが、そこには人影ひとつなかった。
「奏、なにか気づいたことがあれば、俺に知らせてくれないか?」
氷室の声は思いのほか強く、握られた手にも力がこもる。
「ドジな俺が気づければいいんだけど。わかったよ」
笑って答えたけれど、氷室の瞳は冗談を受け流す色を持たず、夜の街灯に深く沈んでいた。